第2話 異質な訪問者

 2人はそのまま森を進んで茉莉香の実家である【護国天照宮】という神社・・の前まで来た。茉莉香はこの神社の神主の娘なのだ。


 この神社は天馬の実家の暁国寺より更に歴史が古く、その発祥は飛鳥時代にまで遡ると言われている由緒正しい神社だ。1000年以上前から一貫して天照大御神アマテラスオオミカミを祀っているらしい。


 同じように人里離れた神社仏閣同士、比較的立地が近い事もあって暁国寺とは代々交流はあったらしい。現在も天馬の父である住職戒連と、茉莉香の父であり神主である神代竜伯りゅうはくは宗派を超えた友人同士であったりする。


 社前の長い階段を昇っていく。天馬にとっては訪れるのは約1年ぶりくらいになるが、何も変わっていない様子であった。



「……変わらないな、ここも」


 何となく感じ入る物があって、思わずそんな呟きが漏れる。それを耳ざとく聞きつけた茉莉香が、嬉しそうなそれでいてちょっと複雑そうな表情を浮かべる。


「まあね。変わり映えが無くてつまらないって見方も出来るけど」


「いやいや、変わらないってのはいい事だよ。こういう場所も必要だよ、うん」


 世界は目まぐるしく変化していく。勿論この日本もだ。天馬達が子供の時から通っている松本市だって、この10年くらいの間だけで随分様変わりしていると思う。そう思うとこの静謐で厳かな代り映えの無さはむしろ新鮮で好ましい物に映った。


「……そう思うならもうちょっと頻繁に寄ってくれてもいいんじゃない? 殆ど1年ぶりくらいだよね、ここに来たの」


「う、ま、まあ色々と事情があるんだよ」


 茉莉香に懸想しはじめているという事を本人に知られる訳には行かないので、天馬は苦し紛れに視線を逸らす。だが当然茉莉香の追及は止まらない。


「事情? 事情って何?」


「そ、それは……お前には言えねぇよ」


 茉莉香の目がスッと細められる。天馬は謎の寒気を感じた。


「天馬……まさか誰か好きな人が出来たとかじゃないでしょうね!?」


「え……!? あ、いや、それは……」


 好きな人はいる。だがそれが目の前の人物だとは言えずに、増々動揺してしまう。すると茉莉香の雰囲気が増々剣呑な物となる。


「やっぱりいるのね! 誰!? 白状しなさい!」


「お、おい、揺さぶるな、怪力女!」


「……! ぬぅあんでぅってぇっ!?」



 2人がそんな風にじゃれながらも階段を昇りきって神社に着いた所……



「……!」


 どちらともなくそのじゃれ合いを止めて、本殿の方に視線を向けた。階段を昇り切った先に鳥居があり、そこからは神社の境内となる。中央に石畳が伸びるかなり広いスペースで、奥には本殿や社務所などが見える。


 その本殿の手前に2人の人物が向き合って話していた。1人はこの護国天照宮の神主であり茉莉香の父親でもある神代竜伯だ。何か解らないがかなり深刻そうな表情をしている。


 だがそれだけなら2人が足を止めて見入ったりはしない。彼等の注目を集めているのは竜伯と話しているもう1人の人物・・・・・・・の方であった。


 それは凡そこの山奥の神社には似つかわしくない風貌の女性・・であったのだ。いや、というより日本・・の風景には似つかわしくないと言うべきか。



 まず目に付いたのは背中まで乱雑に伸びた、輝くような金髪・・。次に(主に天馬が)目が行ったのは、非常に裾が短いショートパンツから惜しげも無く晒された瑞々しい太もも。それとキツい革のベストを押し上げて自己主張する胸部の双丘。腹部は露出していて、その胸部や臀部とは裏腹にしっかりとくびれた腰を見せつけている。


 足には革製のブーツを履き、金髪に覆われた頭部にはカウボーイハットを被っていた。


(カ、カウガール……?)


 それが天馬の抱いた第一印象であった。いや、というよりまず誰もが同じ印象を抱いたであろう。それは非常に露出度が高いものの、いわゆるカウガールスタイルの衣装であった。


 本場アメリカの南部にいてさえなお人目を惹いたであろう特徴的な衣装だが、それがこの日本の山奥の静謐な神社にいると、浮いているというか違和感が半端ではなかった。


(ゴージャス! ……ってこういう時に使ってもいいよな?)


 唐突に目に飛び込んできたハリウッド女優もかくやの白人金髪美女の姿に、天馬の視線は完全に釘付けになった。



「ちょっと天馬! いつまでジロジロ見てるのよ! みっともないからやめてよね!」


 だが横から不機嫌な茉莉香の声が聞こえて正気に戻った。


「う、うるせぇな! 別にジロジロ見てねぇよ!」


「ええー? 食い入るように見つめてたわよ。ふんだ! 天馬のスケベ! 女なら誰でもいいのね!」


「お、おい! 人聞きの悪い事言うな! 男のさがみたいなモンでしょうがないんだよ!」


「あら! やっぱりジロジロ見てたんじゃない! 何がサガよ。かっこつけちゃって!」


 2人がまたそんな風にじゃれていると、こちらに気付いたらしいそのカウガールが踵を返して近付いてきた。明らかにこちらを見ている。


 天馬達は動揺した。まさか騒いでいた内容が聞こえてしまったのだろうか。


(ん? でも日本語解るのか?)


 そんな疑問が浮かんだ。しかし竜伯が英語を喋れるという話は聞いた事が無いので、彼と話していたという事は日本語が喋れるのだろうか。



 近付いてきたカウガールは当たり前だがその面貌も完全に白人女性のそれであり、堀の深い顔立ちに綺麗なブルーの瞳が印象的な美しい女性であった。 


「ふむ……お前がこの神社の娘、神代茉莉香だな? 捜したぞ」


「え……わ、私? ていうか日本語上手ですね?」


 カウガールがいきなり流暢な日本語で茉莉香に話しかけてきたので2人ともびっくりしてしまった。口調はかなり男っぽいが綺麗な女声だ。



「私はテキサスから来たアリシア・Мメアリー・ベイツという。こう見えて米国聖公会の司祭・・だ」



「し、司祭、ですか? 聖公会って……?」


「ああ、信者でなければ解りにくかったな。まあキリスト教の一派とだけ知っておいてもらえばいい」


「キ、キリスト教ですか? キリスト教の司祭の方が、うちみたいな過疎神社に何の御用ですか?」


 茉莉香でなくとも驚くだろう。女性――アリシアの外見だけでもこの場にはミスマッチだが、ましてやキリスト教の司祭などと言われると増々、日本の神を祀るこの場では浮いてる気がしてしまう。


 いや、勿論宗教は自由なのだし、別に他の宗教の人間を排除している訳でもなんでもないので、別にここを訪れる事自体は構わないのだが、どうしても違和感はある。

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