第27話 僕のダンジョン

 部長との打ち合わせの翌日、中崎さんに相談にいく。

 

「500円の売値で作って頂きたいのですが、お願いできますか?」

 

 なんだか気が引ける。

 だって、中崎さんの腕前ならばもっといいものができるはずだから。

 

 でも、

 

「わかったわ。 作品を売るのは初めてだから楽しみよ」

 

 二つ返事で引き受けてくれた。

 やっぱり、いい人だなぁ〜。

 中崎さん。

 

「何個くらい作れそうですか?」

 

「来週の土曜日よね? 一日一つとして……12〜3個かしら?」


 500円のポーチは、ほかの金額と組み合わせがしやすい。

 市川さんのブックカバーと組み合わせると、ちょうど1,200円だし、田代さんや山内さんの品と三点セットにすると、2,500円になる。

 

 放課後にはフランを家に呼び、日菜と一緒に説明をした。

 あらかた了解は得ているけれど、あらためて詳しい話をする。


「ガレージセールの手伝いをして欲しいんだ。売上の一部は寄付するんだけどいいかな? 糸は教室にあるのを使っていいから」


「いいわ!」


 フランが即答した。

 この打てば響くような感じは、この子らしいと思う。


「でも、何を作ればいいのかしら?」


 日菜が考え込んでいる。

 これも日菜らしい。


「そうだね。僕も考えたんだけど、ストラップはどうかな?」


「ストラップ?」


 フランが尋ねてきた。


「そうなんだ。ほら、フランがお母さんの誕生日プレゼントに、花のモチーフをつなげてネックレスを作っただろう? それを少しアレンジして、花びらを重ねて厚みのあるデザインにする」


「面白そう!」


 二人が声を揃えて言う。


「でも、一つ100円だけどいいかな?」


「はい! お兄様。私は練習になりますから」


 フランが言うと、


「そうね。練習にもなるわ」


 日菜も同意する。


 僕は二人に図案と糸を渡す。


「色は好きなのを使っていいから」


「はい! 家でも編むけど、今日も少し編んでいきます。糸をください。お兄様」


「ああ、これだよ」


 赤、青、黄色、緑……糸を渡すと二人は早々に編み始めた。


 うーん。フラン?


 は、早いよ!


 日菜が半分も編み終わらないうちに、フランは一個仕上げてしまった。


「フランは編むのが早いなぁ。それに編み目もきれいだ」


 日菜と差がついてしまう。僕は焦った。

 でも、日菜はそれを気にかけることもなく、静かに編み続けている。


 余計なお世話だったな。

 日菜にそんな心配は無用なんだ。


「いいかい。帰りが遅くならないように適当に切り上げてくれよ。それから、家でも根を詰めなくていい。二人合わせて30個あればいいから。まだ時間はあるからね。少しずつ作るんだよ」


 あとは、僕が隠し玉として作っておく。無理はさせられないし、不足するのも困る。



 いよいよガレージセール当日がやってきた。

 集合は9時。開始は10時。午後2時に店じまいする予定だ。


 ガレージは車三台がゆとりで入る規模で間口が広い。これならば、レイアウト次第で、通りすがりの人が中を伺い知ることができる。

 それでも、全く宣伝しないのは厳しいので、オーナーを説得して、高さ50センチの立て看板の設置を許可してもらった。

 

 看板には、『ガレージセールやってます。素敵な手作り小物をどうぞ。お気軽にお立ち寄りください♪』と、書いた。


「よろしくお願いします!」


 オーナー、山内さん、田代さん、市川さん、神宮司部長、中崎さん、日菜、フラン、そして僕。皆が一斉に頭を下げる。


 三人の奥さんたちは、ぎこちなく、遠慮がちに振る舞う。近所に住んではいるものの、顔見知り程度の知り合いらしい。


 山内さんはレイヤーロング、田代さんはストレートのショートボブ、市川さんは緩やかな巻き髪。

 三人ともきれいだし、それを保つ努力を怠らないようだ。服やメイクがさりげなく決まっている。

 美容室にもマメに通っているのだろう。

 “大切なお客様” って、そういうことなんだな。


 部長は白いブラウスにチェックのプリーツスカート。本人は無難にまとめているつもりみたいだけど、奥さんたちはたじたじだ。

 無理もないよ。いつものことだ。この美貌に、この神々しさ。こんな高校生滅多にいないからね。


 日菜とフランは、揃って制服姿。ブレザーの代わりに、学校指定のベージュのベストを着ている。襟元から除く赤いリボンがかわいい。

 二人が並んで準備する姿を見ると、思わず頬も緩むよ。


「坂下さん。テーブルを運ぶのを手伝ってくださらない?」


 オーナーに声を掛けられる。


「はい」


 連れられて、僕はガレージから通路を通って屋内に入った。

 オーナーは中年の女性だった。ショートボブを明るい色に染めている。

 カットソーにパンツという姿だ。


「今日はよろしくお願いします。皆さん大切なお客様なんです」


 メンバーの目につかない通路で、オーナーが頭を下げる。

 

「はい」


 僕もできる限りのことをしたい。

 思いのこもった手芸品を大切にしたいんだ。


 運んだテーブルを、中がよく見渡せるように、ガレージの入り口に向かって開かれた状態で “コ”の字型に並べた。


「そういえば、部長の作品をまだ見ていませんでしたよね」


 僕が言うと、


「作り貯めたものよ」


 と言って、白いものを取り出した。


 ドイリーだ。


 一瞬見とれた。


 ……が、


「ちょっと来てください!」


 そう言って、さっき机を取りに行った通路に部長を引っ張っていくと、


「なによ!」


 部長が憮然として言った。


「少しは手加減してくださいって、言いましたよね!?」


「あら? 十分手加減したつもりよ。編み貯めたものを持ってくると言っておいたわよね? これよりレベルの低いものなんてないわよ」


 何を言っているかわからないという風に、さらりと言う。

 確かにそうだ。

 部長は編み貯めたものを持ってくると言い、僕はそれを承認したんだ。


 ……でも。


 僕はドイリーの一枚を手に取る。

 薔薇をイメージした柄だ。

 綿密な細編みで編まれた花びらが重なり合い、それがネット編みで囲まれている。貝殻に見立てたスカラップと呼ばれる半円形の飾りが、花びらのように縁を覆い、その一つ一つの上に立体的に編まれた薔薇のモチーフが縫い付けられている。


 そしてもう一枚。細い糸で編まれたパイナップル編みのドイリーだ。

 整った編み目、歪みのない形。これも素晴らしい。

 他のドイリーと合わせて全部で六枚あるけれど、どれをとっても秀逸だ。


「これじゃ、他の人と差がついちゃうじゃないですか!?」


 せっかく中崎さんに安い価格設定にしてもらったのに!


 僕は意を決した。


「それでは。これは一枚1,800円にしましょう」


「えっ? ここでそんな値段にしたら売れないわよ!」


 部長が不満を言う。


「ほかの人が売れ残るよりはましです。それに、手芸サイトでも、このレベルのものは、この値段で売れています。見る人が見ればわかりますよ」


 そうだ。

 これはいいものなんだ。

 誰かしら買ってくれるだろうというのは、甘い推測かもしれないが、今はそうするしかないんだ。


「ふーん?」


 部長の唇の端が少しあがった。


「わかったわ。それでいいわ」


 もっとごねられるかと思ったけれど、あっさりと引き受けてくれた。

 部長のドイリーも何とか売り切りたい。

 そうでないと後が怖い。


 僕らは再びガレージに戻った。


 中崎さんは、パッチワークキルトで作ったマチ付きのポーチを持ってきた。

 ピンクやベージュの生地を組み合わせて作られた、中崎さんらしい優しい色合いだ。


「これで500円なんて、なんだか悪いですね」


 僕が言うと、


「あら。いいのよ。売れ残っても困るし」


 そう言って笑った。

 中崎さんは本当にいい人だ。

 ごめんなさい。中崎さん。僕はあなたに甘えてばかりだ。

 

「入口から向かって右に、山内さんと中崎さんと市川さん。奥に部長、左に田代さんと日菜とフランが場所をとってください」


 それぞれが自分の位置に着いた。


 僕はガレージを見渡した。

 ここはダンジョン。

 僕の戦場だ。


「みなさん! 楽しんでやりましょう!」


 何とかここを乗り切るんだ。


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