第28話 魔王攻略(?)

 何人かの人が、ガレージがいつもと様子が違うことに気づき、看板に目をやったあと、中をチラ見しては立ち去っていく。

 それが何度も続く。中に入るのは躊躇われるみたいだ。

 

 一人の女性が、ガレージの入口付近でこちらの様子を伺っている。

 ショートシャギーの髪。白いカットソーにブラウンのジャケット、コットンのパンツに、サンダル履き、手には小さな手提げバッグを持っている。

 このあたりに住む人が、ちょっとお出かけをしている。そんないでたちだ。


 興味はあるものの、入っていいものかどうか迷っているみたいだ。

 

 お願いですから入ってください!

 僕は心の中で祈った。


 その時、


「どうぞご覧になってください」


 優しく柔らかく、中崎さんが声をかける。


「あ、あの……見るだけでもいいですか?」


「どうぞ。どうぞ」


 中崎さんが誘い入れる。


 【一個でも多く売りたい!】

 僕らの本心を覆い隠すように、中崎さんが優しく語り掛ける。

 いや、中崎さんは天使なんだ。

 もしかしたら、僕のような意地汚い欲なんかないのかもしれない。


 女性は、無欲な(?)中崎さんの声に警戒心を解かれて躊躇いながらガレージに入ってくると、ビーズのブレスレットを手にした。

 製作者の山内さんが緊張した面持ちで、目の前の女性を見つめている。


「これいただけますか?」


 最初のお客さんは、ペリドット色のブレスレットを買った。


「いい感じになってきましたね。この調子でいきましょう!」


 僕が声をかける。

 リラックスしてもらいたい。その方が絶対にうまくいく!


 だけど……。

 その後はさっぱりだった。


 やっぱり、宣伝ができないのは辛いな。

 でも、最大のミッションは【穏便にカタをつける】だから仕方がない。

 時間が刻々と過ぎていく。このまま終了の二時を迎えてしまうのだろうか?

 僕は、時折奥さんたちに話しかけては、彼女たちの気を晴らそうとした。少しでもいい雰囲気を作っておきたい。

 でも……こんなことしかできないのだろうか?

 いや、待つんだ。待つことも必要なんだ。きっとチャンスは来る。その時に備えるんだ。

 僕は自分に言い聞かせる。


 その時、小さくて丸っこい女の人が入ってきた。

 近所の人のみたいだけど、今までと様子が違う。派手な原色の高そうな服を着ている。丸い顔に、丸い大きな目。のしのしと歩く姿は、小型の恐竜、いや怪獣みたいだ。ゴブリンかな? 年齢? わからない。見た目では判断できない類の人だ。


 彼女は、


「このトートバッグいいわね」


 と言った。


「どうぞ手に取ってご覧ください」


 田代さんが遠慮がちに言う。


 だが、


「これが1,000円? 負けられない?」


 と言って、田代さんを困らせた。


「申し訳ございません。値引きはしていないんですよ。回数券をお使いいただければ、お得ですよ」


 僕が間に入る。


「あら! 現金値引きじゃないと得した気分になれないわ!」


 ミニ怪獣が吠えた。


「申し訳ありません」


 僕は精一杯の愛想笑いを浮かべて、頭を下げる。


「この前は、一万円の靴が千円で買えたわよ!」


 この人だったのか!

 部長の話していた人は!

 これは厄介だ。


「申し訳ありません」


 愛想笑いで切り抜けるしかない。

 

「おかしいわ。バザーって値引きするものよね。普通」


 しつこく食い下がって諦めない。


 値引きすればいいのか? 少しぐらいなら……。

 心が揺らぐ。


 いや。

 値引きはできない。譲れないんだ。

 この品物だけ値引きしたら田代さんに申し訳ない。“田代さんが折れて丸く収める” そんな風にはしたくないんだ。


「ですが、ここにあるものは相場に合わせた価格ですし、なにより心を込めて作られたものなんです。お値引きは出来ません」


 僕は、自分の声が低くなっていたことに気づく。

 愛想笑いが消え、いつの間にかゴブリンを正面から見据えていた。


 まずい!

 偉そうに言ってしまった!

 近所の人なのに!


「すみません! 失礼しました! すみません!」


 平身低頭に、謝罪を繰り返す。


 でも……。


「負けられないの?」


 ゴブリンはあきらめず、


「……」


 僕は首を縦に振らない。


「どうしても?」


「すみません」


 譲れないんだ。


 そんな僕をミニ怪獣が凝視している。


「ふーん」


 小恐竜は、無言で僕をじっと見た後、


「はい。千円」


 財布からお札を出して、トートバッグを買っていった。


 やれやれ……。

 ほっとしていると、


 あれ?

 なんだか空気がおかしい。ひんやりと冷たいような……。

 振り返ると、奥様達が怯えたように僕を見ている。

 オーナーに至っては、そのまま卒倒しそうなほど青ざめていた。

 

 何が起こったんだ!?


 ――ポン!

 肩を叩く手がある。部長だ。


「まぁ! 頑張ったわね! 貴方にしては。……その……心意気だけは認めるわよ。例えどんな結果になったとしてもね」


 僕を憐れむように言う。


「え?」


 どういうこと?


「あの方はね。古澤さんといってね。この辺りの……まぁ、顔みたいなものね。性癖っていうのかしら? お買い物をするときには値引きしなくては、気のすまない方なの」


 え? “顔”?


「その方に定価で買わせるなんて、貴方すごいわー!!」


 部長が、大げさに感心したように言った。


「そ、そんな……」


 奥さんたちが、戦々恐々と様子をうかがっている。

 奥さん同志は顔見知り程度なのに、古澤さんについては、ばっちり認識が浸透しているんだ。


「まあねぇ。貴方らしいといえば、貴方らしいけど。田代さん一人に負担をかけるのが嫌だったのよね? でもね、なんていうのかしら?【馬鹿正直】? 田代さんにはその場で折れてもらって、清算の時に帳尻合わせをすればよかったわよね?」


 と言って、呆れたように僕を見た。


 そ、そうなんだ。その手があったんだ。

 でも、今さら気づいても遅い! 遅すぎるんだ!


 部長は、僕の肩を、ぽんぽんと叩くと。


「ドンマイ!」


 と笑顔で言い、去り際に、


 “やっちゃったわね!”


 耳元で囁いた。

 冷たい声が氷の刃のように僕の心に突き刺さる。


 彼女は、ゴブリンではなく、モンスター、いや、魔王だったんだ。


 ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!!!


 終わった。

 ここにいる全員の、メンツを潰してしまったんだ。

 この状態で作品が売れたからって、どうなるっていうんだ!?

 なってことしちゃったんだ!


 最大のミッションは【穏便にカタをつける】だったのに、僕は最大のタブーを犯してしまったんだ!


「ふみゅ……」


「お兄様……」

 

 日菜もフランも、打ちひしがれた僕をなぐさめることさえできずにいる。


 その時、


「あの……」


 入口に人が立っていた。


「ガレージセールってここですか?」


「はい! どうぞ中へお入りください」


 一足先に立ち直った、中崎さんが出迎えた。


「あら……まぁ。このブレスレット素敵ね。古澤さんの仰っていた通りだわ」


 ……え?

 古澤さん?


 誰もが呆気に取られている。


 その後は来店が続き、


「古澤さんが……」

 

 と、客たちは魔王の名を口にした。


「古澤さんが、このセールを広めてくれているみたいね。あなた古澤さんに気に入られたのよ。さすがね!」


 部長が言う。


「え……? 何?」


 わけがわからないよ。

 それに部長! さっき、僕のことバッサリやりましたよね!?


 オーナーの顔色がみるみるうちに晴れやかになった。古澤さんが気分を害していないことがわかったからだろう。


 もしかしたら……。


 ―― 僕。魔王攻略した!?



 その後は順調で、ようやく回数券の効力が発揮されはじめた。

 客たちは、何がどれだけ買えるかを計算しながら回数券を購入している。

 お得感の威力は絶大だった。


 日菜とフランも、懸命に接客をしている。

 何気なく立ち寄り、ストラップだけを買う客もいた。

 ふんわりとした栗色がかった髪の日菜と、はちみつ色のハーフアップのフラン。二人が並ぶと、本当にかわいらしい。


「さぁ! 今日はここまでにしましょうね! 皆さんお疲れ様でした」


 時計は午後の二時を指していた。


「さあ、皆さん。リビングにお茶を用意してあります。どうかおいでください」


 わっと、歓声が上がる。


 三人の奥さんたちは、自分たちの作品が売れたことに手を取り合って喜んでいた。


 若干を残し、ほぼ完売だ。

 “若干”の中に、部長のドイリーが一枚含まれている。

 客たちは、目の前のものから買っていき、奥に位置した部長の売り場は、明らかに不利だった。

 場所の力を甘く見過ぎたってわけだ。

 まあ、いいということにしておこう。フォローが大変だけど、なんとかなるさ。

 

 その時だ。


「ここがガレージセールの会場ですよね?」

 

 少年の声がする。


「すみません。店じまいするところで……」


 言いかけた言葉を、僕は呑み込んだ。


 ―― ドクン


 脈打つ音が聞こえる。


 ―― ドクン


「もう、終わっちゃいましたか?」


 ―― ドクン


 息が詰まり、血の気が引いていく。


 そこには高橋クンが立っていた。


「あ! 康太君!」


 日菜が入口に迎えに出た。


「あのね。私。康太君にストラップとっておいたの」


 日菜がストラップを渡すと、


「ありがとう! いくら?」


 高橋クンが爽やかに笑った。


「100円よ! 来てくれてありがとう!」


「日菜ちゃんが、レースのストラップをガレージセールで売るって聞いたから、僕来たんだ」


 爽やかな高橋クンと日菜の笑顔。

 ほほえましい光景。


 もやもやとするのはなぜだろう。

 もつれた糸のように、解けない謎が僕の心に巻き付いた。




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