第34話 償い①

 初めに呪いにかかったのは、梶浦結菜だった。思い込みの激しい性格のおかげで、呪詛をよく効き精神の異常をきたし、優里と同じように飛び降り自殺をはかった。

 それから、四人の中で一番梶浦と仲が良かった坂裏が、徐々に精神を病んでいった。

 梶浦の時は、俺も本当にの言うとおり、呪いで人が死ぬことがあるんだろうかと半信半疑はんしんはんぎでいた。

 だが、坂裏の時は明らかに動揺して、日に日に精神が病んで行くのを動画で確認する事ができた俺は、あの呪詛が本物だと確信する。


「菊池加奈、お前は高校一年の時まで、姉さんとそれなりに仲が良かっただろう。ゲホッ……それなのに、ゴホッ……いじめの主犯格になったのは男が原因なのか……!」

「私は…………」


 俺はこのような状況でも、すました顔をしている菊地が許せず、ポケットに入れたサバイバルナイフを取り出した。

 この女も他の三人と同じく屋上から突き落としてやる。

 結婚するつもりだった恋人とも別れた。

 貯金はもうすべて、姉の治療費に当てるつもりで母さんの口座に振り込んだ。

 ふと、俺は加奈が驚いたように背後を見たのに気付き、ナイフを向けたまま肩越しに振り返った。


「何で……君がここに」

『杉本さん、馬鹿な真似は止めるんだ。そんな事をしても優里さんは喜ばないよ』


 俺は目を見開いた。

 誰かが俺をつけてきたような気配も無かった。

 もちろん、屋上の扉を開けて忍び寄ってくる気配も無かったはずなのに、背後に佇んでいたのは、雨宮健だ。

 どうしてここにいるとバレたのか。

 突然その場にふって湧いたような登場の仕方に驚きを隠せない。

 彼に俺の復讐の計画がばれてしまった事に同様を隠せず、手汗をかきながら彼を睨みつけた。 


「雨宮さん、どうして……助けに来てくれたんですか?」

「雨宮さん、邪魔をするのは止めてくれ! 俺たち家族はこの女に苦しめられてきたんだ」

『僕は、優里さんのために来ました。優里さんは貴方が、殺人者になることは望んで無いですよ。菊池さん……話して下さい』


 どういう事なんだ、と俺は唇を噛んだ。

 菊池は目を見開き雨宮健を見ると、うなだれて話し始めた。


「菊池家は、雨宮さんもごぞんじの通り、この地域でいう『ねぶっちょう』という蛇神の憑きもの筋です。私たちの一族は代々、その恩恵おんけいを受けて繁栄はんえいしてきました。

 それと同時に、宿主の感情一つでお蛇様が村人達に害をなしてしまい、この村の人々は私たち一族を恐れていました。

 だけど、優里は別の地方から引っ越してきた子で、そんな事なんて全然気にしないで、私と仲良くしてくれたんです」


 だったら、何故だ!と俺は声を荒らげてナイフを突き立てながら距離を縮めた。

 さすがに恐怖を感じたようで、青ざめながら震える声で続きを話す。


「……優里は、二年に上がってから転任してきた林田に好意を抱いていました。もちろん、付き合うなどというものじゃなくて、憧れや淡い恋心だったんだと思います。

 林田はあまり良い噂を聞かなかったし、生徒に好意を寄せられてもまんざらではない様子で……私は、距離が近付く二人に嫌悪感を抱いていました。けれど恋は盲目で、彼女は私の忠告もあまり耳に入っていなかった。

 私にとって優里は大切な友達なんです……たぶん、貴方達が思うよりも、もっと特別な相手でした」

『彼女が、林田さんへの思いを断ち切るようにあんないじめをしたんですか?』


 菊池は、だんだんと体が震えだして涙を流し始めると言葉に詰ってうなずく。


「ほんの些細ささいな事だったけど、だんだんとエスカレートしていきました。

 他の三人は私の機嫌を取りたかったのか、憂さ晴らしのためか、見えないところでもいじめをしていたんです。気がつけば学校中からいじめられて……こんな事になるなんて思わなかった。

 いいえ、憑きもの筋という化け物を見るような目が、私に向かない事を安堵してたんだと思います。それとも、自分と同じ所まで彼女が来て欲しいと心のどこかで願っていたのかもしれません」


 そしてあの日、夏休み中の学校に優里は菊池を呼び出した。

 真意を聞きたかったのか、仲直りしたかったのか、責めるためかは分からない。 

 だが、現れたのは菊池だけではなく他の三人もやってきた。


「口論になって……優里は私のことを嫌いだと叫びました。当然ですよね、だけど私はこんな事をしているのに……彼女のことが好きでした。

 あの瞬間、頭が真っ白になって、お蛇様が私の体から飛び出すと、優里の体を押して転落してしまったんです」

『貴方と、何が起こったのか分からない三人は慌てて屋上から逃げ出したんですね。そこを、林田さんに見られたんだ。

 彼が通報して一命を取りとめましたが、教師として窮地きゅうちに立たされていた林田さんは、菊池家を脅迫きょうはくするような形で転がり込んできた』

「そうです……騒がれたくなかったら援助と仕事を斡旋あっせんして欲しいと。

 それに、あの男は私が好意を持っていると誤解ごかいしていたので。

 なので私達は、逆に林田を利用し一族存続のために受け入れましたが……子供はできませんでした。夫としてふさわしく無かったのでしょうか。

 たとえ子供ができても、私は誰とも結婚するつもりはありませんでしたが」


 勝手な言い分に、俺は菊池の首に腕を回すように拘束すると雨宮健を睨みつけた。

 陽炎のように揺れて見える彼は、静かに俺を見ていた。


「あんたも、琉花ちゃんも本当は、巻き込むつもりは無かった……それだけは信じてくれ」

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