第33話 駆け引き②
『そんな事は……聞かされていなかった』
――――聞かされていなかった?
僕は杉本さんの呻くような呟きに、なにか引っかかるものを感じた。
動揺する杉本さんは、それでも引き返せない所まで来てしまったような表情で、僕を睨みつけた。
『菊池加奈が死ねば、それももう終わる……! 姉さんの人生をめちゃくちゃにしたんだ、法律で罰せられないなら、俺がやるしかない。ほら見ろよ。悪霊たちがお前を取り込もうしてるぞ』
「くっ……うわぁあ!」
杉本さんの言った通り、呪詛の一部となった悪霊たちが僕をいっせいに見ると手を伸ばして首を締めたり、手足を引きちぎらんばかりに強い力で引っ張ってきた。
一瞬、ここで死ぬんじゃ無いかと覚悟したが僕は、優里さんの悲しそうな目を思い出した。
恐怖と痛みの中で、僕はなぜこんな力を自分が持って生まれたのかを
ばぁちゃんも、僕もおそらくご先祖様も生きてる人、死んでる人変わらず救いたいと思ったからだ。
だから僕は今ここで死ぬわけにはいかない。
それに、梨子に……梨子に会えなくなるのは嫌だ!
僕は無意識に、
喉を押し潰されそうになりながら唱える。
今までになく神聖な気持ちで、
僕は、それらを気に止めずまっすぐに優里さんの元へと向かう。
大量の髪の毛と思っていたそれは、呪詛の羅列だったようで、ほつれた間から膝を抱えて泣いてる、ブレザー姿の女の子の背中が見えた。
「優里さん」
『あなた、だれ……? トンネルの夢の中で見た人?』
「たぶん、そうだね。もう大丈夫だよ。僕は君を助けにきたんだ」
『…………怖いよ。また虐められちゃう』
「もう、いじめる人はいないよ。この手を取ってくれ、貴志さんのためにも」
優里さんは僕を見て怯えたような表情を見せていたが、呪詛が崩れ足場が沼地のようにズブズブと引き込まれていくと、彼女は恐怖で悲鳴をあげた。
僕は焦りを感じつつも、優里さんに恐怖を与えないように笑顔を浮かべて手を差し伸べた。
「さぁ、僕の手を取って……!」
不安そうにしていた優里さんが涙を流すと、彼女は僕の手を取った。
✤✤✤
「やっと思い出したか……。そうだ、俺はお前らが虐めてた佐伯優里の弟たよ。
俺たちは、姉さんがこうなってから地元を離れた……両親は離婚したが、俺はシステムエンジニアとしてそれなりに頑張ってたよ。
お前たちの事は許した事は無かったが、俺も生活があったからな」
菊池加奈は黙って俺を見つめていた。
わずかだが、俺にも霊感のようなものがあり『お蛇様』と呼ばれるような存在を探ろうとしたが、呪詛を跳ね返した割には強い気配は感じなかった。
俺はあいつらの事を忘れていなかったが、圧力をかけられるような権力も無ければ財力も無い。
年月が経つにつれて、恋人ができたり仕事が忙しくなって、俺は生活に追われるようになっていき、過去のことも心の隅に追いやるようになった。
それなりに幸せを感じていたからだ。
「だが、曽根あいらが芸能人としてメディアに出るようになって、忘れていた怒りを思い出したよ。
それから、身辺調査をしてお前たちを洗い出したんだ。動画配信者になっていた坂浦、売れないホラー漫画家をしていた梶浦、それから教師になったお前だ」
「それで、貴方はあいらの……マネージャーになるために芸能事務所に転職したの?」
菊池は月明かりと、弱々しく俺に問いかけた。そうだ、曽根あいらのマネージャーとなったのは復讐するためだ。
「色々考えたよ。物理的に犯罪者になるのは簡単だけど、そう簡単に日本の警察をあざむいて四人も殺せないからな。
警察に捕まれば姉さんの医療費は両親だけじゃ、この先支払えない。
梶浦は売れないホラー漫画家で、最近ではスビリチュアルや、オカルトにのめり込んでいるのを知った」
梶浦が食いつくように、偽の都市伝説の情報を
偽の体験談を元にSNSで拡散され、オカルト
梶浦はそれに食いつき、動画配信者の坂裏もその存在を、動画内で漏らすようになっていった。
「あの動画は、貴方が作ったものなの……?」
「そうだ、友人に映像作家がいてね……ゴホッ、役者やCGを使って、作ったんだ。だけどそれだけじゃない」
そんな動画を見れば、信じやすい人間なら呪いを信じて疑心暗鬼になり精神を壊していく。
だが俺が一番復讐したかった相手は、中心人物にいた菊池加奈だ。
しかし菊池は、憑きもの筋でそれが迷信でも何でもなく偽物でもない事は知っていた。
だから、俺はその動画に本当の呪いをかけるべく色々なサイトを見て回るようになった。
それが対抗手段のように思えたからだ。
また、喘息の発作が出始めたのだろうか。
俺は喉元を押さえながら言った。
「ゲホッ……ぜぇ、ともかく俺は曽根から情報を抜き出して、お前たちに『闇からの囁き』を送信した」
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