第32話 駆け引き①
さっきの杉本さんの生霊を目にしてから、僕は嫌な胸騒ぎがしていた。
誰かを長期的に呪うと言う事は、呪術者にもかなりの負担をともなうことになり、龍神の力を借りて、僕が強力な呪詛返しをしてしまった事で
僕は、叩きつけられた体を引きずりながら階段を駆け上がった。
『健、梨子ちゃんが引き止めておけるのも、そろそろ限界だよ! このまま一気に屋上に行くんだ。そっちの方から、菊池家やトンネルで出会った呪詛の強い気配がする』
「はぁっ……! ああ、やっぱり……っ 凄い嫌な感じがしてきた」
上の階に行けば行くほど、霊の
蜘蛛の巣のような髪の毛が、天上から張り巡らされ、まるで扉を守るかのように四方八方に伸びて行く手を阻んでいた。
ばぁちゃんがそれを、遠慮なく式神を使って切り裂いていく。
僕は、不気味な切り裂かれた髪の毛をくぐると、この先を進むことに恐怖を覚えながら、ようやく現れたドアノブに手をかけようとした。
『ちょっと! 健、上!』
「えっ、何っ! うわっ……さ、坂裏さん」
僕は突然叫んだばぁちゃんに、反射的に僕は天井を見上げる。
そこには、僕がこの呪詛事件に巻き込まれる発端となった人物がいた。
坂浦さくらさんだ。
屋上から飛び降りた時に、激しく体を叩きつけられ、おかしな方向に曲がってしまった首と手足で、天井に張り付き、ありえない方向にねじれた首をこちらに向けると、ニヤニヤと笑って僕を見ていた。
『あのさァ、私、見ちゃったんだよネェ~~あんたが、エンコーしてるトコ。林田センセと付き合ってるナラ、お小遣いモラエバ? あ、知ってタ? 林田ッテ、他のコとも付き合ってるラシイヨ。前のガッコウでも教え子とイロイロあってココにキタンダッテ、ママが言ってタ。優里、学校コナイノ?
優里がコナイト噂の真相聞けないジャン……ギャハハ』
坂裏さんは、どちらかと言うと人より目立つ事が好きな性格だ。
優里さんが、曽根さんに
だけど、噂好きで目立ちたがり屋の坂裏さんにとっては、周りの学生たちから注目されるには良いネタだった。
学年、いや、学校中に噂を流した張本人だと確信する。おそらく優里さんはそれから、学校を休みがちになってしまったのかも知れない。
優里さんの姿が見えないのは、彼女がきっとこの扉の奥にいるからだ。
『あぁ、さっきからネチネチネチ煩い子達だね! 死んで悪霊になってもまだ、しょうもない苛めをしてるのかい。そんなんだから呪詛の一部にされちまうんだよ!!
ここは、ばぁちゃんが浄霊するから、あんたは優里さんを救うんだよ』
「ばぁちゃん、任せたよ!」
ついにばぁちゃんの
化け物じみた
僕は屋上のドアノブに手を掛けると、内側からの抵抗感を感じて、歯を食いしばりやながら無理矢理扉を開けた。
ブチブチと、髪の毛が千切れるような音がして僕の体は扉の奥へと導かれる。
「くっ、うぁ……!」
僕を待っていたのは、沢山の悪霊達の暴言。
僕は思わず耳を
屋上であるはずなのに、まるで誰かの体内の中にいるような、気味の悪い湿気とせまくるしい圧迫感。それが、ひしめきあった悪霊達の
そして呪詛と思われるような古い言葉の羅列が、まるで鎖のようにそこら中のに書かれていて、僕は思わず膝をついてしまった。
これが、人を呪う呪術の内部なのだろうか。
「優里……さんっ……」
僕は思わず
龍神に祈りを捧げながら、悪霊の体を押しのけるようにして前に進むと、髪の毛で出来たおぞましい繭の前に、門番のように杉本さんの生霊らしき人が立っていた。
「杉本さん。僕には兄弟がいないから、貴方の気持ちは分からないけど、家族を突然奪われる悲しみは人並みに経験してるよ。
加奈さん達のやったことは僕も許せないし、杉本さんの、復讐心に
だけど、これ以上お姉さんを苦しませちゃいけない」
『うるさい! だまれ! 俺も両親も、必死で姉さんの為に働いて面倒を見てるんだ。あいつらさえ、あんなことをしなければ……姉さんだって元気で、みんな幸せになれたのに……ここから立ち去れよ! お前は部外者だろ』
「そうだね。彼女たちは取り返しのつかない事をしたよ。杉本さん、貴方はわらも掴む思いだったんだと思う。貴方は、その危険性も知らないで呪詛を使ったのかも知れない。
だけど、そのおかげで優里さんは、ずっと目覚めない悪夢の中で、彼女たちにいじめられ続けてるんだぞ。それでもいいのか……!」
僕が怒りに任せて言葉を放つと、悪霊たちがざわついて離れていく。
僕の体が徐々に暖かくなって、ぼんやりと光りに包まれてしまったからだろうか。杉本さんの生霊は一瞬、その言葉に動揺したような表情を浮かべていた。
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