第8話 連鎖する①

「り、梨子。その動画はもう再生するな。たぶん段々這い上がってくるよ」 


 僕はそう言うのがやっとだった。男なのか女なのかその正体を確かめる前に引き戻されてしまった。だが、ばぁちゃんの判断は正しかったように思う。

 鼻から上しか確認できなかったが凄まじい殺意を感じた。梨子はすぐに動画を閉じると僕に駆け寄ってくる。

 青ざめた僕を心配するように背中をさすってくれた。無理矢理こちらの世界に引き戻してくれたばぁちゃんも、胸を撫で下ろしているように見えた。


『健、いま危なかったよ。すぐ後ろまで気配を感じていたからねぇ。ばぁちゃんが声をかけなきゃ、あんた

「健くん、大丈夫? 一体何があったの」

「ああ、ばぁちゃんが助けてくれたから。元凶が一体なんなのかは分からない。でも、さくらさんは間違いなく『闇からの囁き』の何かに引きずられたんだと思う。それと目があった瞬間に凄い憎悪というか、殺意を感じたよ」

「じゃあ、創作なんかじゃないって事だよね? さくらさんは……呪いにかかったの?」


 その瞬間、僕の携帯電話が振動したかと思うとラインのコール音が鳴り響いた。僕たちはあまりのタイミングの良さに驚き、悲鳴を上げて体を震わせる。

 ディスプレイには見慣れないアイコンと『あいら』という表示名が出ていて、僕は梨子とばぁちゃんに目で合図すると通話ボタンを押した。


『……もしもし。雨宮さんですか?』


 精気が枯れてしまったかのような震えるような女性の声がする。僕は芸能人に疎いのでこの声があいらさん本人なのかわからないが、おそらく彼女だろう。外にいるのか風の音や人の話し声、車の音がしていた。


「は、はい。曽根あいらさんですか? 杉本さんと琉花さんからお話は聞きました」

『……もう、遅いんです。私、見ちゃいましたから。これは絶対にやらなくちゃいけないんですよ』


 曽根さんの声のトーンは、自虐的で僕は背中に冷や汗が伝った。

 絶望して泣き笑いをしているような声で、明らかに取り乱しているように思えた。呼吸音の合間に、階段を登っている音が聞こえる。

 僕は先程の動画がフラッシュバックして息を飲んだ。もしかして彼女は、死に場所を求めているのではないか。

 嫌な予感がして彼女に食らいつくように質問する。


「曽根さん、今どこにいるんですか? 僕なら貴方が苦しめられている霊障を取り除けると思います。会って話しをしませんか?」

『うふふ、どこだと思いますか? お空を飛べる所です。せっかくリーダーやってるんだからみんなのお手本になるように綺麗に飛ばないと。背中に羽が生えてるようなイメージ、イメージは大事ですよね!

 あいらはセンターなんです、次の新曲は振り付けが難しくて……でも大事な曲なんですよ。うう、死にたくない……いやぁ、死にたくないよぉ。ごめんなさい、許してぇ……でも、キラキラ輝くお日様の光を浴びて飛ぶんです』


 駄目だ、僕の言うことが全く耳に入っていない。

 笑いながらも、情緒不安定でしっかり受け答えしたかと思うと泣き出してしまう。

 まるで自分自身を止められないかのようだ。

 慌てて僕は携帯から顔を離すと、梨子に杉本さんか琉花さんに電話をして彼女を保護するように指示した。


「曽根さん、必ず助けますから貴方のいる場所を僕に教えて下さい」

『駄目ですよぉ、雨宮さんあいらが飛ぶの邪魔する気でしょ?』


 ビュウ、ビュウと風の音が響いている。おそらく都内のどこかの屋上に彼女は辿り着いてしまったんだろう。僕は、彼女の気を逸らせる為に会話を引き伸ばす事にした。


「曽根さん、僕に電話をしてきたと言う事は何か話したい事があったんじゃないですか?『闇からの囁き』のサイトには一体何があったんですか?」

『そうだね……アハハ……。あれは、あれは……言えない、ごめんなさい……助けて! 言ったって、戻れない。戻れない、戻れないよぉ、ごめんなさい、ごめんなさい! お前が悪いんだよ! 空を飛ぶしか無いの。もう、待ってくれないから』


 曽根さんはまるで憑かれたように支離滅裂に喚き同じ言葉を繰り返してていた。泣きじゃくり、時には暴言のようなものを吐いている。

 僕は喉を鳴らすと、受話器越しに祝詞のりとを唱えてみた。するとピタリ、と曽根さんの声が止んで無音になる。



『もう  おそい』



 数十秒間の無言が続くと、笑い声を押し殺したような低い地の底を這いずるような声がした。

 その数秒後に風を切るような音が響く。

 そして何かが弾けるような音がしたかと思うと遠くの方で悲鳴が上がっているのが聞こえて僕は息を止めた。

 曽根さんは僕と話をしている最中に飛び降り自殺をした。

 どれ位の高さから落ちたのかはわからないが、なぜか携帯は壊れずに通話状態になっている。呆然として耳元から携帯を離そうとした時抑揚よくようのない声が聞こえた。


『つぎは加奈かなの番だよ』


 その声は、先程まで話していた曽根さんの声だった。霊体となった彼女が僕に話しかけてきたのだろう、無言のまま電話を切ると僕は項垂れる。


「健くん……、杉本さんに連絡取れたんだけど……事務所の屋上から曽根さんが飛び降りたって……いま……琉花ちゃんも……」


 梨子は顔色を失い、言葉を紡ぐのもやっとと言うような表情で僕を見た。あの嘲笑うような不気味な声は恐ろしいが、何よりも直前まで話していた曽根さんを止められず、助ける事が出来なかったのが悔しい。


『――――迷信でも、勘違いでもないねえ。これは、れっきとした霊障だよ。あんたが思うよりもたちの悪いものかも知れない。でも龍神様が引き寄せた縁だ。健、やるよ。悪霊どもに舐められてたまるか』

「うん……。曽根さんが亡くなったのは僕にも責任がある。梨子、調査しよう」

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