6-7 また同じ轍を踏んでもらって

 ニアが躊躇している間も、シキの状態は変わらなかった。むしろ、悪化の一途をたどっていると言っても過言ではなかった。

 気を紛らわせるために、仕事に時間を費やすだけなら、目を瞑ることもできる。けれど、それだけではなかった。日に日に衰弱するかのように、力も、魂の灯火も弱っていた。それが、ニアの最大の気がかりだった。


「シキ、いい加減にしてください」


「どうしたの、ニア。すごい剣幕で」


 ニアの気迫を削ぐような、呑気な声が返ってくる。

 こんなところは、以前と変わりはない。それがまた、何とも言えない感情を生み出した。

 シキを見るたび、ニアの決心が揺らいだ。言葉なく責められているような感覚だった。

 自分が折れれば、この問題はすぐに解決することをニアは知っていた。いや、それも勘違いなのかもしれない。再び遭遇させたとして、結果は同じになるとも限らない。すれ違うだけで終わるかもしれない。それならそれでもいい。自分の思い違いだったのだと思うだけだ。何かが欠けているような感覚だと言っていたシキのその穴を埋めるものは、ニアが想像しているものではなかったというだけだ。そうなると、また初めから考え直さなければいけなくなるけれど、それはそれで、その方がいいような気がした。

 もし、ニアが思っている通りだとして、懸念すべきは、同じことを繰り返してしまうことだった。


「そろそろ本当に休んでください。それとも、強制的に眠らされたいですか?」


「うーん……それはそれで、何も考えなくていいから、いいかもしれないね」


 ニアが珍しく顔をしかめた。シキの返答が気に食わなかったようだ。

 そういう意味で言ったわけじゃない、と表情で訴える。シキは気づいていないのか、ジト目で見てくるニアを気にしている様子はなかった。

 ニアは盛大にため息をこぼす。


「……真剣に考えることがバカらしく思えてきました」


 呆れたように呟く言葉に、シキは首を傾げる。


「もういっそ、試してみるのもアリかもしれませんね。賭けごとはあまり好きではないですが、違っていたら、違っていたでそれでもいいわけですし」


「ん? ニア? どうしたの? 何を言ってるかわからないんだけど、わかるように説明してもらっていいかな?」


「同じをした時は……その時は、また同じ轍を踏んでもらって」


「いや、いやいや、本当に。全然話が見えないんだけど?」


 シキの顔に焦りが生まれる。

 けれど、ニアは完全にスルーを決め込む。思った以上に先ほどのことを根に持っているようだ。


「どうします? がまた現れて、また同じことになったとしても、できるだけ助けられるように尽力は致します。もちろん同じをしないと約束してくださるのが、1番いいのですが……もし、約束してくださるのであれば、空いてしまったというその穴を埋める手助けをしましょう」


 あくまで可能性ですが、と付け足す。

 さらに、「僕も大概、あなたに甘い」と加えた。

 シキはぽかんと口を開けていた。何とも間抜けな表情だった。

 一方的に話を進めるニアに、シキは戸惑いを隠せずにいた。

『あなたに甘い』と言うけれど、身に覚えはなかった。相変わらずニアの冗談は面白くない、と心の中でぼやく。

 シキは自分のことを棚に上げて、強引で人の話を聞かない、とニアに対して不満を抱えていた。

 それにしても、『穴を埋める手助け』とは一体どういうことなのだろう。ニアは何か知っているのだろうか。混乱の中、シキはそんなことを考えていた。

 ただ、すぐには理解ができず、それでも無意識に頭は上下に動いていた。

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