6-5 いつもお世話になっているお礼に
ここ数日、雪が降り続き、積もっては溶け、溶けては積もってを繰り返す日々が続いていた。
2月中旬はまだ冬の寒さも厳しく、風邪などもピークを迎える。
そんな中、この日は見事に快晴だった。太陽のきらめきを久しぶりに浴び、これまで続いていた凍えるような寒さも収まっていた。
晴れ男、もしくは晴れ女がいるのだろうかと、集まったメンバーを見回してみて、意外と関目がそうなのではないかと思う。
智也から提案を受け、すぐにいつものメンバーに声がかけられた。何だかんだと忙しく、全員の都合がつく日を合わせるのは難しいだろうと思っていたのだけれど、意外にもあっさりと決まった。
決まった日程から、行き先については莉李から提案があり、これも皆すんなりと承諾した。場所を聞いた際、久弥が1番に頷いたとか。
目的地に到着し、席へと案内される前に、関目が目を輝かせた。やはりというべきか。説明が終わるまで、走り出さずにいてくれたことがせめてもの救いだった。————高校2年生にもなってそんなことを心配されるのもどうかと思うが。
「もういい? もう行っていい?」
頷くところを見るや否や、水を得た魚のように、関目は真っ先に料理が並んでいるテーブルへと一目散に駆けた。さすがに走ってはいないけれど、後ろ姿から、気が急いている様子が伺える。
「チョコフォンデュとかもあるみたいだから、久弥くんもよければ」
目立つように置かれたチョコレートファウンテンを指すと、久弥は静かに頷いた。
おかず系には目もくれず、スイーツコーナーへと向かう。その後、果物やらマシュマロなどの中から何種類か物色して、チョコレートフォンデュも楽しんでいた。
美桜も秋葉も、各々楽しでいるようで、莉李はほっと胸を撫でおろす。
ふと智也を探すと、姿を見つけたところで目が合った。その目線はすぐにそらされる。
不思議に思い、莉李は智也の元まで向かい、おずおずと声をかけた。
「他の場所の方がよかったかな?」
遊びに行こう、と誘われていたにもかかわらず、ビュッフェを選んだのは選択ミスだったかもしれないと、莉李は不安に思っていた。
甘いものが好きな久弥には適所だと思われたし、ビュッフェはスイーツだけではないので、関目も楽しめると考えての提案だった。
眉を歪ませ、声のトーンを下げた莉李に、智也は焦ったように否定した。
「いや、いいと思う。外だと天気にも左右されるし、何よりまだ寒いからな。外より室内の方がいいと思う」
口ではそう言いながらも、やはりどことなく楽しくなさそうな、浮かない表情の智也を伺うように、莉李は智也の顔を覗き込んだ。
「別に、機嫌悪いとかじゃないから。怒ってもないし。ただ————」
「ただ?」
「……いや、結局気を使わせたなと思って。お前が楽しければいいんだけどさ」
「うん、楽しいよ。誘ってくれてありがとね」
莉李は顔を綻ばせた。その笑みに嘘はなく、智也は安堵のため息をついた。
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帰る間際、智也は秋葉に呼び止められた。
何かと思えば、莉李を送っていくようにとのことだった。口には出さないけれど、まだ聞き出せていない話を聞いてこい、ということなのだろう。
任を解かれていなかったことに肩を落としていると、莉李の方から声がかかる。少し時間をもらいたいとのことだった。断る理由もなく、むしろチャンスを与えられたのだろうと思われる状況に、智也は頷いて承諾した。
莉李と智也は並んで駅まで歩いていた。
ここから家へと向かうための最寄り駅は皆同じはずなのに、誰も駅には向かわないとのことだった。気を利かせたのか、用事があるのかはわからない。
二人の間に会話はなく、何か話題を、と考えているうちに駅にたどり着いてしまった。
家に帰る電車は莉李と智也では逆方向なのだけれど、送っていくようにと仰せつかっているため、莉李と同じ電車に乗るつもりで改札へと向かおうとしていると、その前に莉李の足が止まった。
「どうした?」
振り返ると、莉李は何やら鞄を漁っていた。
様子を伺いながらも、首を傾げる智也に、顔を上げた莉李が微笑みかける。
「これ、少し早いけど、バレンタインのチョコ。いつもお世話になってるお礼に」
そう言って、莉李は小さな紙袋を智也の前に差し出す。
けれど、すぐには受け取ってもらえず、紙袋を持ったまま、莉李は智也の顔に視線を向けた。
「対中くん……?」
「あ、悪い」
呆けていた目に光が戻ると、智也は静かに口を開いた。
「これ、俺がもらっていいのか?」
「うん。貰ってもらえると嬉しいです。甘さ控えめのにしたから、多分大丈夫だと思う」
「ありがとう」
お礼を言ってから受け取ると、莉李は満面の笑みを浮かべた。
その笑顔に思わず勘違いしそうになる。が、そこで素直に勘違いできないところが、智也のいいところでもあり、悲しいところでもある。
わざわざ智也にだけ声をかけ、その名の通り『バレンタインチョコ』を渡してくれたにもかかわらず、智也にはどうしてもそれが『本命』だとは思えなかった。シチュエーションとしては、『本命』と捉えてもおかしくはないのだけれど、そんな感じはしない。何がそう感じさせないのかと言われれば、莉李の表情だろうか。雰囲気かもしれない。実際、莉李は「お礼に」と言って渡しているわけなので、額面通りに受け取ると、そういうことなのだろう。
智也もさして落胆の色を見せなかった。勘違いできなかったのは、智也がそういったことを望んでいないからかもしれない。
莉李からも特にそれ以上のことはなかった。用事は単に、バレンタインのチョコを渡すことにあったらしく、任務を終え、改札を抜けようとする莉李を智也が引き止める。
「家まで送るよ」
「え、大丈夫だよ。対中くん、反対方向だし、帰るの遅くなっちゃう」
「そっち方面に用事があるから」
嘘だけど。
咄嗟にこんな嘘をつけるようになったことに、智也自身、驚きを隠せない。
どうやら智也の嘘は莉李には伝わらなかったようで、二人は同じ電車に乗り込んだ。————けれど、智也はまたしても、本題について触れることはできなかった。
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