6-4 反動ですか?

 指定した場所に到着すると、見慣れた後ろ姿が目に入った。

 先に来て、待っていることに驚きつつも、窓側に座り外を眺める背中を見つめる。何かが伝わってきそうで、何も感じない。そこにいるようでいて、まるで幻でも見せられているような気持ちになる。


「ニア。来てたんなら、声かけてよ」


 かけられた声に、我に返る。

 声色に変わりはなかった。振り返った表情もまた、いつものシキのように見えた。自分の勘違いだったのだと、ニアは言い聞かせるように先ほどの映像を払拭した。


「すみません。あなたが僕よりも早く来ていることに驚いて、幻覚かと思っていました」


「失礼だなぁ。俺だって、待つことくらいあるよ」


「僕との待ち合わせで先に来ていたことは、これが初めてです」


 本当はではないけれど、シキにとっては初めてなのでそう口にする。

 シキは「そうだっけ?」ととぼけていた。


「そんなことより、本題いいですか?」


「どうぞ」


「次の担当区域が決まりましたので、よろしくお願いします」


「了解」


 素直な返事が気にかかりつつも、ニアは淡々と連絡事項を伝える。その口調は事務的で、かつ単調だった。

 ニアから指示を受けたシキは、その内容を確認すると、眉根を寄せた。


「何か少なくない?」


「まだ本調子ではないでしょうから。少し減らしています」


「でも数足りてないんだよね? 俺ならもう大丈夫。通常業務で問題ないよ」


 については、仲間が消えていることに関連づけてとの接触があったのだとシキには説明していた。完全に嘘ではないからこそ、信憑性を増すことができ、記憶が抜けていることも、それで納得してもらった。

 若干の疑問を感じているようではあったけれど、シキも深くは言及しなかった。

 仲間がいなくなっていることについては、同じ衝撃を与えることになった。ニアはなるべく顔には出さないように————それは得意なところではあったけれど————一通りの説明を終えた。

 仕事に関しては、しばらく目を醒さなかったシキを心配したニアが、さらに過保護を発揮し、復帰を先延ばしにしていた。


 ニアは渋っていた。

 シキの申し出はありがたかったけれど、まだ前と同じように業務をさせることに関しては不安が残る。

 そんな気持ちが表に出ていたのか、シキは困ったように笑った。


「ニアは相変わらず心配性だね。そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫だよ。というか、俺がそんなこと言わなくても、いつもなら『もっと働いてください』って言ってくるくせに」


 ニアの口調を真似るように、顔までニアに似せて、戯けてみせた。

 意図を汲み取ったニアも小さく笑うと、「全く似てませんね」と返す。


「じゃあ、少しだけ。この辺もお願いできますか?」


「これだけでいいの?」


 珍しいシキの言葉に、ニアはこれ以上の譲歩をみせなかった。

 シキも不満そうにはしていたけれど、ニアの様子から何かを悟ったようだった。


「髪色はどうしますか? 以前と同じでもいいですが」


「うーん、そうだなぁ……」


 シキは考え込むように、顎に手を置いた。

 前回は即答だったので、すぐに決まるかと思っていたのだけれど、少々時間を要するようだ。

 目立つので、あまり明るい色は選ばないでほしい、とニアは心の中で呟く。


「……どうしようかな………黒……そうだ、黒がいい!」


「……」


 閃いた! と言わんばかりに嬉々としてそう口にしたシキに対し、なぜかニアは怪訝そうな表情を浮かべていた。

 ダメな色はなかったはずなので、その理由はシキにはわからない。


「反動ですか?」


「どういう意味?」


「いえ、何でもありません」


「変なニア。ていうか、色変える必要ってあるの?」


 目を隠している前髪に触れる。しばらく眠っていたので、その間に少し伸びた前髪は目にかかる程度だった長さから、完全に目を覆うほどになっていた。鬱陶しそうに、指に髪を巻きつける。


を抑えるためのものなので、色を変えるというのが主ではないんですよ」


「ふーん、そうなんだ」


「自分で聞いておいて、興味なさそうですね」


「あははは、そんなことないよ」


 そう言いつつも、ニアの方には視線すら向けず、やはり前髪をいじっていた。

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