6-3 無言は肯定ってことじゃ?
秋葉には適当なことを言ってはみたものの、その実、智也も気にはなっていた。
元気がない、という印象はあまり持たなかったけれど、どこか上の空というか、心ここに在らずといった場面を目撃していた。
人と話している時はいつも通りで、楽しそうにしていた。ただ、一人になると、どこか遠くを見つめているような目をしていることが多くなった。そんなことを言うと、「よく見てるね」と秋葉に揶揄われそうで、何も言わずにいた。
莉李を待っている間、智也は静まり返った教室で、どうやって話を切り出そうかと考えていた。
普通に聞いても話してくれるかもしれない。そんなことを思って、随分、傲慢だなと自嘲する。
周囲が心配しているということが伝われば、おそらく気にするだろう。それを悟られることなく、スマートに……そうできればいいのだけれど、智也が最も苦手とするところだった。
他に適任者はいたはずだ。やはり、秋葉に騙されただけではないのかと疑惑が生じる。
どうしたものかと思考を戻したところで、廊下から声が聞こえた。
微かに鼓膜に届いた音は、どんどん近づいてくる。会話の声は、どうやら男子生徒のようだ。すりガラスになっている窓は閉まっていて、人数まではわからない。
聞くつもりはなかったけれど、『会長』というワードが耳を通り、意図せず、廊下の声に意識が集中する。
「会長、みんな断ってるらしいな。好きな人でもいんのかね」
「それ聞いたやつがいるみたいなんだけど、笑うだけで否定も肯定もしなかったんだって」
「無言は肯定ってことじゃ?」
「え、じゃあ付き合ってる人がいるってこと?」
「さぁ。でも付き合ってる人がいるなら、そう言いそうじゃね? その情報が出回れば、呼び出されることもなくなるだろうし。俺よく見るもん。会長がいろんな人に呼び出されてんの」
「あぁ、それは俺もよく見る」
だろ? と、得意げな声が廊下に響く。
噂話や目撃情報などで会話はさらに盛り上がる。男子学生はそのまま廊下を通りすぎ、声も離れていった。
再び訪れた静寂の中に、智也はため息をこぼした。
聞きたくなかったような心持ちがすることに、そんなことを思うこと自体に蓋をした。
それよりも他に考えることがあるだろうと、無理やり矛先を変える。
さてどうしたものかと、再び考えを巡らせる。
けれど、答えが出ないうちに、教室の扉が開いた。
視線を向けると、息を切らした莉李が「遅くなってごめんね」と眉を下げていた。
さっきの今で、少し気まずさを感じる。急ぐ必要はなかったのに、と落ち着かない自分への言い訳を相手に押し付けながらも、用事は終わったのかと訊ねると、莉李は小さく頷いた。
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帰路についた二人の間に会話はなかった。
智也はいまだにいい切り出し方を見出せずにいたし、莉李は莉李でやはり上の空で、その横顔を盗み見て、智也は余計に声をかけるのを躊躇していた。
先ほどの男子学生の話が事実で、本当に莉李に想い人がいるのだとすると、この状況はあまりいいいものではないだろう。そんなことを考えると、焦る気持ちにさらに拍車がかかる。
「生徒会長の仕事はどうだ?」
テンパった挙句、やっと口を出た言葉に、智也はすぐ後悔した。智也が訊いてはいけない内容だった。ただ、それ以外には「さっきの用事って」、「呼び出しの要件を断ってるのって」など、明らかに智也に不向きな内容しか思いつかなかった。
避けようとした結果がこれだ。かっこ悪いと思いながらも、すぐに弁解に走る。莉李は気にした様子はなく、屈託のない笑みを向けた。
「まだ始まったばかりだから、そこまで大変じゃないよ。副会長の————ノイくんって言うんだけど、ノイくんがすごくフォローしてくれるし。私でいいのかなとは思うし、対中くんの会長も見てみたかったっていうのが本音だけど」
莉李は肩をすくめてみせた。
「あ、でもでも、おうちの事情があるなら仕方ないし、無理してやることでもないし。だから全然気にしないでね。そういう意味で言ったんじゃないから。って、そういう言い方すると、そう受け取っちゃうよね。ごめん、本当に違うから」
焦ったように、早口にそう言った。
莉李にしては珍しく、口数が多い。敢えてそんな風に言ったように見えて、先ほどの智也の失言を含めて気を使ってくれているようだった。智也は再び口を閉ざす。
やはり、自分では役不足のように思う。人選ミスだよ、と秋葉に苦笑を向けた。
それでも、このまま引き下がるわけにもいかないため、智也は意を決して、莉李の方を見た。
「今後、みんなでどっか遊びに行かないか?」
突拍子もない誘いに、莉李は目を見開いていた。
「近場でもいいし、ちょっと遠出してもいいし。ほら、秋葉とか関目とか、いつものメンバー誘ってさ」
智也はしどろもどろになりながら言葉を紡いだ。
焦れば焦るほど、取ってつけたような言葉しか出てこなかった。
「うん、行こう。楽しそう」
莉李は顔を綻ばせた。その表情に安堵するように肩の力が抜ける。
気づけば、もう駅まで来ていた。
「あれ? 対中くん、用事があるって言ってたけど」
方向が違う二人は、ここでお別れだ。
用事があるからと待っていたはずの智也からそれらしい話はなく、改札を前に莉李は首を傾げていた。
「あ、あぁ……一緒に帰りたかっただけかもな」
苦し紛れに出た言葉だった。その言葉に嘘はないけれど、主題ではない。
呆れを通り越して、もうため息も出なかった。
ふと莉李の方に視線を向けると、夕日のせいか、莉李の頬が赤らんでいるように見えた。
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