6-2 今度はどこの誰なのかしら
休み時間になると、莉李は教室から姿を消すことが多くなった。
お昼休みのような長い休み時間だけでなく、10分しかない授業の合間も、忙しなく動き回っていた。
「成瀬さん、いないみたいだけど」
「莉李なら、呼び出されて出て行ったけど」
「またぁ?」
思わず声を上げてしまった秋葉が、慌てて口元に手を持っていく。
辺りをキョロキョロと伺ってはみるけれど、幸い誰も気にしている様子はなかった。
「最近多いよね」
「今度はどこの誰なのかしら」
美桜が首を傾げる。
その手の話は、秋葉の方が詳しいだろうと思った。
「でも、毎時間、毎時間飽きないものね。というか、成瀬さんの都合は考えないのかしら? 示し合わせるように順番にやってきて、呼び出す側は一度でいいかもしれないけど。何のための休み時間だと思ってるのかしら」
自席の方へ向かいつつ、秋葉が呟く。
刺々しい言葉は誰に向けて発しているのかわからないほど、ほぼ独り言のようにざわついている教室内に消えた。
自席に戻ると、秋葉は隣の席で本を読んでいる智也の方に視線を向けた。
近づいて来たところで秋葉に気がついていた智也も、目線だけ本から隣席へと移動させる。
「何?」
「成瀬さん、また呼び出されたらしいわよ」
「ふーん」
興味なさそうに、手元の本に視線を戻す。
が、その前に秋葉の手が本に伸び、読書タイムを邪魔される。
「そんなに悠長に構えてていいの? 大方、要件は告白でしょうに」
あくまで小声で、それでも感情が荒立っている秋葉に、智也は表情を変えない。
二人はしばらく睨めっこをしていた。いつまで経っても智也の表情に変化が見られないことに、秋葉はつまらないとでもいうかのようにため息をついた。
「彼女に好意がある人がいるっていうのは頷けるけど、告白されてるのを見るのはここ最近よね。しかも、なぜか急に増えた。ショートヘア効果? それとも、生徒会長になったからかしら。いや、後者だとしたら、そんな安直なことはないわね」
「いや、だからね。俺に聞くなって」
「いやいや、もし安直後者なら、対中くんにだって責任はあるんだからね!」
智也は口を噤んだ。
その件に関して、智也が何かを言える立場にはなかった。
なにせ、前回の実力テストで学年1位を取り、生徒会長の任命を受けたにもかかわらず、その任を断った張本人なのだ。
これまで、辞退する者はいなかったわけだけれど、強要するものでもないので、智也の意見はあっさりと受け入れられた。
「もし本当に生徒会長効果なら、対中くんは自分で自分の首を絞めていることになるのよ……今のところ、全て断ってるみたいだけど」
それに、と秋葉が続ける。
「これは別件だけど、何だか最近元気がないみたいなのよね。呼び出されることに疲れているのかしら。それとも、やっぱり何かあったとか?」
「俺に聞いてもわかんないって」
「わからないじゃなくって!」
言葉を切り、秋葉は智也をマジマジと見つめた。
口は噤んでいるのに、力強い瞳が智也に圧を与える。たったそれだけのことで、秋葉が言わんとすることを理解してしまう自分に智也はため息をつく。
「わかったよ。聞けばいいんだろ」
不満気に口にする智也に、秋葉は嬉々として顔を綻ばせた。
そんな秋葉の表情もまた気に障ったのか、さらに深いため息とともに言葉を付け足す。
「でも、俺じゃなくて、秋葉とか柳が聞いた方がいいんじゃないのか?」
「そんなことないよ。私たちが聞くよりも、成瀬さんにとっても、対中くんにとってもきっといいはずだから。実績もあるんだし。騙されたと思って、話聞いてきて」
自分にとってもいいとは? と首を傾げる。騙されたと思って、というところにも引っ掛かりを感じつつも、今、秋葉に何を言っても無駄だということもわかっている。智也は渋々といった様子で、莉李を捕まえられるかどうか思案した。
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クラスは同じだし、声をかけるくらいわけない、と高を括っていた。実際、それだけなら帰宅前、放課後のわずかな時間で事足りた。が、その後が問題だった。
相変わらず、時間が合う時は四人で帰宅していたのだけれど、新生徒会が始動して以来、莉李の帰宅時間が合わないことも増えていた。この日は生徒会の集まりはないと聞いていたので、大丈夫だろうと思っていたのだけれど、『呼び出し』は放課後もまた継続されているようで。
「待っててもいいか?」
「え……?」
智也の申し出に、莉李は目を丸くした。
急ぎの用事なのかと智也に訊ねる。智也は、そういうわけではない、と簡単に返した。
莉李は困ったように眉を下げていた。おおよそ、急ぎじゃないのに待たせるのは悪いとでも思っているのだろう。かといって断るのも憚られる。
莉李は、あまり遅くならないようにする、とだけ伝えて教室を後にした。
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