6 喪失
6-1 理由がなくなったような気がして
「遅くなったが、次期生徒会は以上のメンバーに決定した。各自引き継ぎを頼む」
生徒会室に、前生徒会メンバーが集められ、貼り出された紙を前に生徒会顧問が告げる。
生徒会メンバーの選出は、例年通り成績順で決められた。生徒会長は、学年一位の成績の者が選ばれるのが通例なのだけれど、一位だった者が拒否したため、次点の莉李が繰り上がった。
「九条先輩、会長の分の引き継ぎはどうします?」
「それは俺が併せて担当する。もっとも、引き継ぎの必要もないとは思うがな」
九条の視線に、莉李は苦笑いを浮かべる。
副会長には野依が選ばれた。仕事の引き継ぎは、言わずもがな九条がその任を担っているわけで、喜んでいいのやら、悲しんだほうがいいのやら、野依の心境は複雑だった。
例年と変わらない選出方法だったにもかかわらず、もともと予定していた発表日から、だいぶ遅れてメンバー発表がなされた。そのことを不思議に思いながらも、誰もそのことについては触れなかった。
「会長不在でどうなることかと思いましたが、案外何とかなるものですね」
野依の発言に、何とかなるのもどうかと思うが、と九条がぼやく。
書類を片手に持つ九条が、何かを思い出したかのように顔を上げた。
「思えば、中等部の時も任期中に生徒会長が転校したことがあったな。突然、海外に行くとか言って……そういう意味では、トップがいないことに、俺たちは耐性があるのかもしれないな」
遠野に同意を求めるように目線を向けると、「そう、だね」と相槌を打っていた。
「先輩たち、中等部の時にも生徒会入ってたんですか?」
「ん? あぁ、ノイは編入組だったな。俺もアヤも、中等部2年の時から生徒会に入ってたんだ。中等部は成績順とかではなかったけどな」
「へぇ、そうだったんですね」
莉李も編入組なので、その話は初耳だった。聞けば、九条はその頃から副会長をやっていたらしい。一番上に立つよりも、サポートという立場の方が向いているとのこと。
九条は自分ではそう言っていたけれど、周りからすれば、トップも適任に見えた。
九条たちの昔話は、チャイムが鳴ったことで終わりを告げる。新生徒会を迎える準備もそこそこに、一旦お開きとなった。
***
「おはよう」
「成瀬さん、おは、よ…う……?」
階段を上りきり、教室の前までやってくると、ちょうど登校してきた秋葉に声を掛ける。振り返るや否や、秋葉は驚いたように目を見開いていた。
「成瀬さん、その髪どうしたの?」
秋葉にしては、言い淀むような口調だった。
生徒会室でも同じような表情をされたのだけれど、誰も口に出しては聞いてはこなかった。聞いてはいけないことだと思っていたのかもしれない。
腰のあたりまで伸びていたストレートの髪は、顎のラインにつくかどうか、というところまで短くなっていた。段が入っている髪型で、ワックスで軽く遊ばせているようだ。
その急激な変化に、秋葉はいまだ信じられないかのように、莉李の背後になくなった髪を探していた。
「ちょっと気分転換に。どうかな?」
「いや、うん、似合ってるけど……すごく可愛いんだけど……」
煮え切らない秋葉に首を傾げながらも、莉李は「それに、何だか切らない理由がなくなった気がしてね」と付け足した。
今度は秋葉が首を傾げる。
「どういう意味?」
「自分でもよくわからないんだけど。これで、白雪姫もできるよ」
なーんて、と戯けた口調で肩をすくめる。
あまりの思い切りの良さに、横を通るクラスメイトたちも驚きを隠せない様子。
「ちょっと、ちょっと! 対中くん! あれどういうこと!?」
莉李と別れ、一目散に自席へ向かうと、挨拶もなく強い圧でもって智也に迫る。
勢いに押されるように、智也は秋葉から後ずさるように椅子を引いた。
秋葉は興奮の中、指をさしていた。見ろ、ということなのだろう。状況を理解できないまま、秋葉が指している方向へと目を向ける。秋葉がどこを示しているのかはすぐにわかった。けれど、秋葉が何を言いたいのかまでは理解できずにいた。その人物の変化もすぐには気づかない。何かが違っているような気はするけれど、それが髪型だと気づくまでには少し時間を要した。
その間も、秋葉は急かすように、智也との距離を詰める。
「どういうことか説明して!?」
「いや、何で俺に聞くんだよ」
「だって、成瀬さんと仲良いでしょ? 何か知らないの?」
無茶苦茶なことを言う秋葉に、智也は苦笑いを浮かべる。
「別に、仲の良さで言えば、お前らとさほど変わらないだろ」
「それは、そうだけど……じゃあ、誰に訊けばいいの?」
「本人に訊けばいいんじゃないのか?」
秋葉はぶつくさ呟きながら、自席に腰をかける。
「気分転換だって言ってた」と、隣から小さな声が聞こえる。すでに訊いているんじゃないか、と智也は首を傾げる。訊いていてなお、自分に訊ねて来るのは何故なのだろうかと。おおよそ、納得できなかったのだろうと推測する。
全ての事柄に、深い理由がついてくるわけでもあるまい。そう思いながらも、秋葉を納得させられるだけの言葉を自分が持たないということを、智也は知っていた。
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