5-7 特質的being
初めて会った時から、特別な存在だった。
特別————そんな言葉では言い表せない。特別、唯一無二、絶対的存在、憧れ、尊敬、妬み、憎しみ……この世界にある言葉を総動員させても足りないほどに、圧倒的で、大きな存在だった。
どこで出会ったのかも、どうしてそこにいたのかも今となってはおぼろで、はっきりとしないのに、あの時の衝撃をゼノンは今でも明確に覚えていた。
他の者と一寸も変わらない黒のローブを身に纏っているのに、まして深くフードを被ってしまえば、個人の差など体格以外には見られないのに、それでも彼の姿は目を奪った。
ある意味、一目惚れだったのかもしれない。
「初めまして、ゼノンと言います」
「? 何、君。見たことない顔だね」
二人が交わした最初の言葉。
光が入っていないような目がゼノンの方へと向く。透き通るほどの銀髪を横に流し、ルビーのような紅い瞳を覗かせる。
「僕と君は管轄が違うから。えーと、君は……」
「俺はシキ。ニアの管轄だよ」
「シキ……シキっていうのか」
噛み締めるようにゼノンがその名を呟くと、シキは変なの、と言って笑っていた。
シキとゼノンが仲良くなるのに、時間はかからなかった。
会える時間は限られているのに、そんなことは問題にもならず、二人の間に時間という壁は存在しないも同然だった。
ただそれは、ゼノンが望むものではなかった。現状に物足りなさを感じていた。仲良くなれたことは、それはそれで嬉しいはずなのに、それだけでは不十分で、何かが欠けているような気がする。けれど、どうすればこの欲望が満たされるのか、ゼノンにはわからなかった。
そんな折だった。あの事件が起こったのは————
仲間内で乱闘騒ぎが起きた。単なるケンカの延長だったのだけれど、どういうわけか一方の力が暴発し、辺りを巻き込む大惨事となった。そこにシキが居合わせていたのだ。
突然のことに、身体が硬直したように動けなかったシキを庇うようにゼノンが立ち塞がった。
気づいた時には倒れ込んだ同志たちと同様に、二人も瓦礫の下敷きになっていた。ぬるっとした何かに触れ、目が覚めたシキの目の前には、血まみれのゼノンが覆い被さるようにシキに倒れかかっていて、シキはいつもの冷静さを失ったかのように、ずっと何かを叫んでいた。
目が覚めた時には、まだほんの少しだけゼノンの視覚は残っていた。ぼんやりと映ろう景色の中に、シキの声がする。安堵と心配と、罪悪感を感じているかのような声だった。
ゼノンの怪我は思ったほど酷くはなかったけれど、目だけはどうにもならない状態だった。
シキは自分を責めた。自分が怪我をすればよかったのだと。いっそ、自分の目をゼノンに————けれど、ゼノンはそんなことは望まなかった。
他にもっとほしいものがあった。けれど、それは今でなくてもいい。焦ることはない。
それぞれの管轄があるので、離れることもあったけれど、さほど問題にもならなかった。近くにいる時は、シキはずっとそばにいてくれた。それが罪悪感によるものであったとしても、ゼノンは嬉しさを感じていた。
シキはゼノンにとって特別な存在で、シキにとってもそうなのだと思っていた。自分以上の存在などいない。シキがそんなものをつくるはずがない。そう思っていたのに————
「君が僕よりも大切なものをつくるなら、僕は強引にでも君を手に入れる」
***
「そういえば、彼女に会ったよ」
「彼女って?」
ゼノンからの連絡を受け、会いに行くと、早々にそんなことを口にした。
「シキが仲がいいって言ってた後輩ちゃん」
楽しげに語る口調に、シキの顔色が変わる。
「は? 何で?」
確かに言ってはいたけれど、まさか本当に会いに行くとは思っていなかった。
まして、なぜ彼女を特定できたのか、会うことができたのかがわからない。
「彼女に何もしてないだろうね?」
「別に何も。ただちょっと、釘はさしておいたかな」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。実際に会ってみて思ったけど、シキが彼女に執着している理由がさっぱりわからない。ねぇ、彼女のどこがいいの?」
「それはゼノンには関係ないし、何よりいくらゼノンでも、彼女を悪く言うのは許さない」
「シキも本当は気づいてるんでしょ? 彼女はシキにいい影響を与えない。むしろ、一緒にいることで悪い方に向かってる。ニアが言いたいことも、そういうことなんじゃないの?」
お説教じみた言葉に辟易するように、シキはわざと聞こえるようにため息をついた。
「この話はやめよう。ゼノンとケンカしたくない」
「またそうやって誤魔化す。聞いといた方が君のためでもあるのに……まぁ、いいや。時間切れだ、シキ。僕もう行かないと」
「え、そうなの? ————って、俺もニアに呼び出されてるんだった」
ゼノンはシキに背を向け、歩き出した。
「じゃあ、またね」
離れていく背中に手を振る。いつもなら離れがたい気持ちになるその光景も、この時だけは焦燥感でもって見送っていた。
———————————————
————————
ゼノンと別れ、ニアに指定された待ち合わせ場所へと移動する。
何度か莉李に連絡を入れようと思ったのだけれど、何と言えばいいのかわからず、書いては消し、消しては書いてを繰り返しているうちに、目的地にたどり着いていた。
ニアはまだ来ていない。シキの方が先に着くなんて珍しい。
スマホを片手に歩いていたにもかかわらず、歩みが速かったようだ。自分が意識していないだけで、イライラしていらのだろうか。いや、苛立ちは感じていた。なぜこうも、自分に無断で彼女に接触するのだろうかと————
「シキ?」
記憶を反芻していると、ニアの声が聞こえた。
なぜか、伺うような声色をしている。
「どうしたんですか、シキ。どうして、あなたから
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