5-6 連係caring
勉強しようと手にしたペンは、一文字も動かないままノートの上に置かれる。
夕食時————いや、彼と別れて一人になってからずっと莉李は上の空だった。
食欲もなく、珍しいことに日課としている勉強にも集中できずにいた。
言われた言葉が、脳内を巡る。無意識下で、ずっと反芻されていた。
彼の目が見えなくなった原因は、紫希にあると言っていた。事故に遭いそうになったところを庇ったのだと言っていたけれど、視力を失くすくらいだ。相当なものだったのだろう。
事故がどういうものだったのかは、莉李には想像もできない。けれど、自分を庇うことで傷ついたことを知れば、紫希が負い目を感じてしまうことは容易に想像できた。想像できるからこそ、紫希のことが心配になる。
それが、故意であるかのように匂わせていたことも気になっていた。いや、恣意的だからこそ、彼の目的がわからず混乱する。
邪魔をするなと言われたことも気にしていた。
邪魔とは一体何を意味するのだろう。そのことですら、理解できるほどの答えを莉李は持たなかった。
『シキは君なんかがそばにいていい存在じゃないんだ』
そばにいるために、何か権利のようなものが必要なのだろうか。
自分と紫希との間に、何か違いがあるのだろうか。
紫希はどう思っているのだろうか。ふと、考えがそこに至る。もし、紫希から同じようなことを言われたのなら、悲しくはあるけれど、素直に従うのかもしれない。紫希にそんなことを言われるなんて思っていないからこそ、想像できないからこそ現実味が帯びずに、答えを導いているのかもしれないけれど。
いっそ、本人に聞いてみればいい————
莉李はスマホを取った。直接聞く勇気はない。
しかし、スマホを取ったはいいけれど、一向に手は動く気配を見せない。
決して楽しい話題ではない内容を、どうやって切り出せばいいのかわからなかった。
聞けば答えてくれるのだろうか。質問が質問なだけに、本心が聞けるとも思えなかった。
それに、彼は『シキにも危害が及ぶってこと忘れないでね』とも言っていた。その真意が一番莉李を悩ませた。どこまで本気なのかを押し測ることはできず、一言ですら送れずにいた。
紫希をずっとそばに置いておきたい、とも言っていた。莉李の存在がそれを邪魔していると。
自分が間に入り込んでいて、彼の思惑を邪魔しているということだろうか————莉李は自嘲するようにその考えを一蹴した。
さほど紫希のそばにいるわけでもないのに、そんなことはありえないだろう。考えすぎではないだろうか、と。
自分で言っていて悲しくなり、もう一度、机に向かおうと持っていたスマホを置こうとしたタイミングで、手の中が震えた。
すぐに静かになった小さな機械の画面を確認すると、写真が送付されました、と表示されていた。送り主は智也だ。
智也からの連絡も珍しいのだけれど、写真が送られてきたことにも驚きつつも、画面をタップする。
写真は複数枚、送られてきていた。今日の寄り道の際に撮ったものだ。智也のスマホで撮ってくれていたのだと思い出す。
四つのクレープが並んでいるものから、久弥がクレープを頬張っている写真など、思っていたよりもたくさん撮ってくれていたことに驚きと嬉しさを感じた。
莉李はすぐにお礼の連絡を入れる。智也からの返事も、間を置かずに戻ってきた。
————無事、帰れたか?
智也の言葉に、莉李は思わず笑みを溢す。
————さすがに、自分の家までは迷わないよ
————いや、そういう意味で言ったわけじゃ
焦って訂正している智也の姿が想像でき、さらに破顔する。
————対中くん、ありがとう
気づけば、そんなことを送っていた。しまった、と本音が口から出る。
すぐに既読がつく。慌てて弁解しようとしたのだけれど、智也の返信の方が早かった。
————何かあったのか?
鋭い言葉に、危うくスマホを落としそうになる。
脈絡もない言葉なので、他の人が聞けば、どうしたのかと笑って流してくれたかもしれない。
少しでも勘づいた智也に、見え透いた嘘が通用しないことはわかっていた。けれど、何もないよ、とだけ返した。そう返すしかなかった。
智也もそれ以上、追及することはなかった。智也の優しさだということを、莉李は気づいていた。
再びスマホが鳴る。
————あんまり一人で溜め込むなよ
その一文が送られてきていた。思わず熱くなった目頭を押さえる。
ありがとう、と口から声が漏れた。そのまま指も、その音と同じ言葉を打ち込んでいく。
莉李はスマホを置きながら、ため息をついた。
胸を撫でおろすように、少しだけ気持ちが楽になるような心持ちがしていた。
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