5-3 正真color

「入れ込んでる?」


 そう言って、シキは小さく笑った。


「入れ込んでるだなんて、ちょっと語弊があるかな。仲良い子がいるってだけだよ」


 いつものように軽口を叩く。軽口を叩きながらも、どうしてそんな噂がゼノンの耳に届くのか、シキは不思議に思った。管轄も、担当区域も違えば、情報なんてほとんど入ってはこない。

 気にはなるけれど、そこには触れず、仲間内に話していたようにゼノンにも説明した。


「シキが仲良くしてる人間なんて、興味あるなぁ。ぜひお会いしたいね」


「何言ってるの。ゼノン、人間好きじゃないでしょ」


「それを言うなら、シキもでしょ? それなのに、留まる理由になってるんだから、興味を持たないわけがない。ニアは何も言わないの?」


「俺の話はいいよ。ゼノンの話が聞きたいな」


 シキは話を逸らすように、「どうしてここに?」と続けた。

 横からはため息が聞こえる。


「シキに会いに来たんだよ」


 一瞬、シキは驚いたような顔をした。けれど、すぐにその目を細めると、先ほどよりも明るい声で笑った。


「ニアみたいなことを言うね。いや、ゼノンだったらその理由も嬉しいけど」


「本当にシキに会いに来たんだよ」


 より真剣味を帯びた声で同じ言葉を繰り返した。先ほどの口調も、ふざけた様子はなかった。それでも、信じていないようなシキの言い方に、ゼノンはその理由を強調する。


「シキ、全然戻ってこないし。元々待つのは性に合わないから、僕の方から会いに行けばいいんだと思ってきた次第だよ。驚かせたかったから、それは成功だったかな?」


「うん、本当に驚いたよ。急に来るんだもん。それに、その髪も」


「いいでしょ? シキとお揃いなんだ」


 そう言って結んだ毛束を手に取り、毛先を遊ばせる。

 お揃い、というのは髪色のことだろう。確かに、シキと同じ銀色に違いはなかったけれど、ゼノンの髪はシキとは違う輝きを放っていた。どこがどう違うのかと問われれば、明確な答えはないのだけれど、シキよりも月明かりに似合う色をしていた。


「色もだけど、ゼノンは長いのも似合うね」


「シキは長い方が好き?」


「そういうわけでもないけど。それに、ゼノンは短いのも似合ってたよ」


 以前のゼノンの髪型を思い出しながら、シキはそう口にした。

 記憶の最後のゼノンは確か、いわゆるウルフカットだったような気がする。後ろ髪だけが肩ほどまでに伸びている髪型だったと記憶している。きれいなストレートで、癖毛なシキは羨ましいと思っていた。

 その頃から30cmは伸びているだろうか。それだけでも、長い年月会っていなかったのだと思い知らされる。


「伸ばしてるの?」


「意識してたわけじゃないけど、シキが短い方がいいって言ってくれるなら……切ろうかな」


「え! それは、何ていうか、もったいないよ」


 焦るシキに、「そう?」 とゼノンが笑う。揶揄われたのだろうか。

 そのあとは、お互いの近況報告や思い出話に花を咲かせていた。時折、その話は噂で聞いてたよ、なんてことをゼノンが口にし、その度にシキは首を傾げていた。とはいえ、ゼノンは昔から情報通なところがあったので、深くは気にならない。


「だいぶ日も出てきたし、今日のところはこの辺で解散にしようか」


「そうだね」


 漆黒にも見えた海が、いつの間にか赤く色づき始めていた。遠くに見える水面が、陽の光を浴びて煌めいている。


「ゼノン、また会える?」


 立ち上がり、軽く砂埃を払うと、シキが小さく呟いた。


「もちろんだよ。シキに会いに来たついでに、こっちでの用事もすませる予定だから、しばらくはこっちにいるんだ」


「俺に会いに来るのがついでじゃなくて?」


 冗談めかして口にすると、ゼノンもまた戯けたように「用事がついでだよ」と言った。

 ゼノンの返答にシキは笑顔を見せる。表情は見えていないはずのゼノンも、つられるようにその顔に笑みを浮かべた。


「じゃあ、また近いうちに」


「うん」


 二人はそこで別れた。

 離れていくシキの背中を気配で感じながら、ゼノンは口角を上げた。


「嘘が下手なところも相変わらずだね、シキ」


 首に手が伸びる。白い布に軽く触れると、たわむように解けていく。

 地面からの照り返しを浴びたように、毛先の色が変わる。


「君のことで、僕が知らないことなんてあるわけないんだから」

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