5-2 側聞rumor
参拝を終え、おみくじも引いたところで、タイムリミットが近づいていた。楽しい時間があっという間に感じてしまうのは、ここでも健在らしい。
案の定というか、関目がまだ帰りたくないと駄々をこね、みんなを困らせた。自分の都合のせいだと申し訳なさそうに眉を下げた郁人が、何かを思いついたように顔を明るくすると、最後に甘酒でも飲もう、と提案する。扱いが慣れているからか、関目が現金だからか、先ほどまでのしょぼくれていた態度が嘘だったかのように、郁人の言葉を聞くや否や我先にと一目散に甘酒が配られている場所に向かっていた。
時間帯のせいか、ほとんど並ばずに受け取ることができ、近くに座れる場所が設置されていたので、そこで甘酒をいただくことにする。全員がまとめて座れるほど広くはないため、男女に別れて固まった。
一息ついたところで、秋葉が莉李に声をかける。
「冬休みに入ってから、会長と連絡取ってる?」
「たまに連絡はくれるよ。でも先輩、最近忙しいみたいで、あんまり長くはやりとりしてないかな」
次の予定を————という話は出るのに、詳細が決まることはなかった。
予定が立たないことを残念に感じていることに、自分が思っているよりも楽しみにしているのだと気づく。そのことに莉李は驚きを隠せない。いや、前回もそうだったので、特段驚くことでもないが。
「会長と連絡って、どんな話するの?」と、珍しく美桜が紫希の名を口にした。
美桜は紫希を怖がっている節があり、自分からはあまり彼の話題には触れないのだけれど、どういう風の吹き回しだろうか。
「どんなって、普通に世間話?」
「何で疑問系」と美桜が笑う。
「会長との世間話って、何か不思議な感じ。そういえば、会長って電車通学なのかな? あんまり、そういう話聞かないよね」
「確かに……」
秋葉の言葉に、莉李も美桜も頷いた。
その手の情報は莉李も知らなかった。朝、遭遇するときは大体後ろからいきなり現れるし、生徒会の集まりがある放課後も、鍵を返しに行くからと、莉李の方が先に帰ることが多かった。たまに一緒に帰路についても、駅まで送ってもらったあとは、どうやって帰っているのかまでは知らず、駅ホームには入っていないので、電車ではないのかな、くらいに思っていた。
誰も聞こうとはしなかったし————もし聞いたとしても適当に誤魔化されると思っていたのかもしれないけれど————紫希も自分のことをあまり話そうとしなかったので、その手の話題は自然と避けていたのかもしれない。莉李については、卒業後の進路について教えてもらえなかったことをまだ引きずっている可能性も考えられるが。
「ミステリアスな会長……それはおいしい設定ね。今度使おう」
ぽつりと独り言を溢し、おもむろに鞄から手のひらサイズのメモ帳を取り出すと、秋葉は何かを書き出していた。とても楽しそうに。
集中しているようなので、莉李も美桜も静かに見守っていた。途中、手が止まったかと思うと、頭を傾げ、唸るように口を開いた。
「もしかして、以前、熱烈なファンにストーカーされて、家がバレて……みたいな過去があったり?」
「どちらかというと、会長の方がストーカーしてそうだけど」
「それは言えてる」
なぜか盛り上がる二人の会話についていけない莉李は、残りの甘酒を飲み干した。
***
ウィルとの大仕事は、怒濤のまま終了した。今までにないほど早急に事を終えたので、過去最高記録が出ただろうと自負している。ウィルには酷だっただろうけれど、この経験により、他の仕事が楽になるだろう。微かな罪悪感を拭うように、シキは自分にそう言い聞かせる。
次の仕事はそれに比べたら日常の一端だったので、これもあっという間に片付けることができた。
とはいえ、全てが片付いた頃には、短針は『4』に向かって進んでいるところだった。
「ごめん、ゼノン。遅くなった」
「全然。お疲れ様」
気にしている様子もなく、ゼノンは穏やかな笑みをシキへと向けた。
待っていてくれたことに安堵しつつ、ゼノンの隣に腰を下ろす。
ゼノンと落ち合ったのは、二人が再会を果たした場所からほんの少しだけ離れた海岸。どうして海なのかと訊くと、冬の海は静かで、ちょっと物悲しくなる雰囲気が好きなのだとゼノンが言った。初日の出を待つ空は、月明かりを隠し、暗い海が照らされることなく、静かに波打っている。確かに、物悲しい気持ちになるような気がした。
「忙しそうだね」
「ニアにこき使われてるからね」
「あはは。ニアがさらに手を焼いてるって、僕の耳にも入ってくるよ」
そんなところも相変わらずだね、とさらに声色を和らげる。
「ニアはちょっと心配性というか、構いすぎだよね。他にも目を向けてくれればいいのに。俺には放任くらいがちょうどいいのに」
「ふふ。呆れたニアの顔が想像できるよ」
ゼノンの言葉にシキの手がピクリと動く。表情を変えたシキが、ゆっくりとゼノンの方に顔を向ける。その視線は、ゼノンの目に集中していて、その先へ導かれるように手が伸びた。
「やっぱり、見えなくなっちゃたんだね」
「ん? あぁ、想像ってそういう意味じゃないんだけど。というか、まだ気にしてたの? 気にしなくていいって言ってるのに。僕が好きでやったことなんだから」
「でも……」
声に潮らしさを感じた。消え入りそうな声は、さざなみの音にすらかき消されるほど。
眉を下げ、口を窄めた表情もまた、普段のシキからは想像できないほどにしょぼくれていた。その姿を確認できないはずのゼノンも、声や雰囲気からシキの様子を察したようだ。
「シキ」と、さらに優しい口調で呼びかける。
「僕はシキのことを大切に想ってる。君が困っていたら力になりたいし、君が望むなら何を差し出してもいいとも思ってる。目でも、腕でも、足でも何でも————君が望むなら」
「それは、ちょっと重いよ」
困ったように笑うシキに、ゼノンも同調するように笑った。
空気が一変、和らぐ。それでもまだ気を遣っているのか、黙り込むシキにゼノンが声を掛けた。
「そういえば、もう一つ、僕の耳に入ってきた噂があるんだけど」
「何?」
「シキがここに留まってる理由————シキ、入れ込んでいる人がいるって本当?」
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