4-30 再会

 まばらな人波を抜け、改札に向かう。

 普段とは違う時間帯というだけで、馴染みのある最寄り駅も雰囲気が変わって見えた。


 秋葉から初詣の誘いを受けたのは、一週間前のこと。二学期の終業式の日だった。

 関目の発案で、修学旅行のメンバーで大晦日に神社へお参りに行かないかとのことだった。

 すでに全員の出席を確認していて、残るは莉李の参加を待つだけとなっていた。

 夜に出かけるのであれば、自分たちだけでは出かけられないのでは、という疑問はすでに解決しているらしく、詳しくは教えてもらえなかったけれど、問題ないとのことだった。

 親から承諾をもらった後、参加の連絡をすると、当日の待ち合わせ場所などの情報が返ってきた。


 いつもなら家でのんびりしている時間に外出しているというのは、ほんの少し非日常を味わっている気分になった。

 目的地の最寄り駅に降り立つのは初めてで、それも楽しさを含んだ緊張感を感じさせた。


 改札を抜けるとすぐ、手を挙げる人物の姿が目に入る。いつかの既視感を感じ、自分に振られているかどうかもわからないのに、莉李はそちらに目を向けた。


「対中くん?」


 目を丸くしながらも、壁に沿って立っている智也の元へと歩みを進める。

 人違いかとも思ったけれど、近づいてみると、やはりそこにいたのは智也だった。

 前もって聞いていた予定では、現地集合になっていたはずなので、どうして智也が駅にいるのかがわからなかった。待ち合わせ場所を間違えたのだろうか。


「迷子になるといけないからって……」


「?」


 迷子とは? と、莉李が首を傾げる。智也は気まずそうに、明言することを避け、口籠もっていた。

 莉李は自分の記憶を辿る。しばらくして、心配している要因に突き当たり、顔を赤らめた。


「……その節は、ご迷惑を………」


「別に迷惑ではないけど」


「でも、待っててくれて嬉しい。実は、ちょっと不安だったから」


 照れたように、ありがとう、と微笑む莉李から智也は顔を背けた。

 そのまま歩き出し、駅を出て左に曲がった智也の後を追い、少し後ろを並ぶように歩みを進める。ちょっとして、智也が莉李の右側に場所を移したことに、莉李はまたしても首を傾げるのだった。






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「お! 来たきた。こっちこっち!」


 聞き馴染みのある声に、前方に目を凝らすと、手を振る関目の姿が映った。人目をはばかることなく両手を大きく振っている関目に、莉李と智也は顔を見合わせて笑う。


「ごめん、お待たせしました」


 慌てたように駆け寄ると、すでに他のメンバーは集まっていた。

 秋葉が「ちゃんと迎えに行ってくれたみたいね」と言っていたので、駅まで迎えに行かせたのは秋葉の指示だったようだ。

 待ち合わせ場所には、見知った4人以外に見慣れない顔が一つ、違和感を放っていた。待ち合わせ場所が同じで、誰かを待っているのだろうかとも思ったのだけれど、それにしては関目たちの輪に溶け込んでいるように見えた。

 智也や久弥と身長が同じくらいの男性で、落ち着いた雰囲気から、同い年には見えなかった。

 どことなく誰かに似ているような気もするけれど、誰だろう?


「初めまして。瑛二えいじの兄です」


 郁人ふみとと名乗った彼は、莉李と智也に笑みを向けた。穏やかな雰囲気の中に、人懐っこさを感じさせる笑顔だった。口元からほんの少し覗かせる八重歯に、関目のそれが連想され、なるほど、と納得する。


「俺らだけじゃ、時間的にアウトだからさ。郁兄に保護者役やってもらうことにしたんだよ」


「予定があるから、それまでになるけど。よろしくね」


 弟の粗雑な説明に嫌な顔一つせず、「若者の中に、おじさんが混ざってごめんね」と頭を下げる。

 慌てたように莉李が手を前に出した。


「とんでもないです。こちらこそ、ご面倒をおかけしてすみません」


「よろしくお願いします」と軽くお辞儀をすると、柔らかい笑みが返ってきた。

 智也も莉李に続いて頭を下げる。郁人は智也にも改めて「よろしくね」と告げた。

 関目はというと、お願いしている身にも関わらず、我関せずと言った様子で先に歩みを進めている。さらに、「早く行こーぜ!」などとほざいていた。

 大丈夫なのだろうかと心配する莉李たちを他所に、慣れた様子の久弥と兄の郁人は気にすることなく、わがまま弟に黙ってついていっていた。






 ***






 先の仕事を終え、指定された待ち合わせ場所に向かうと、ウィルがそわそわした面持ちでシキが来るのを待っていた。急に踵を返したい心持ちがして、失笑する。

 とはいえ、置いて帰るわけにもいかないし、けれどそれ以上足も進まない。どうしたものかと思っていた矢先、ウィルと目があった。ウィルはシキに気づくと、ホッとしたような表情に変わり、「こっちです!」と大きく手を振る。閑散とした空気の中、響く声が、待ち侘びていましたと言っているように聞こえた。それが何だか気恥ずかしくて、手は振り返さなかった。


「シキ先輩、お疲れ様です! 今日は来てくださってありがとうございます! よろしくお願いします!」


「……いえいえ、これも仕事だからね」


 もう一度、よろしくお願いします、と勢いよく頭を下げられ、シキは苦笑いを浮かべた。

 ウィルと顔を合わせるのは二度目なのだけれど、初対面の印象とさほど変わらない。活発で、見るからに陽を纏っていて、何より声が大きい。大きい声を出しておけばいいだろうと思っている節があるように思われる。どちらかというと、ちょっと苦手なタイプだった。


「まだ時間に余裕ありそうだね」


「はい! シキ先輩、予定よりも早く来てくださったので、だいぶ余裕あります!」


 余裕のできた時間を二人で持て余すのかと、想像するだけで億劫になる。

 こんなことなら、ギリギリに来ればよかった。もしくはもう一つ仕事を終わらせてから駆けつければよかったと後悔の念に苛まれる。

 目を合わせないように俯くシキを見つめていたウィルが、その理由を違う方に捉えたのか、さらにハリのある声でシキに詰め寄った。


「シキ先輩、お疲れですか? これの前にも仕事されてきてるんですもんね。自分が不甲斐ないせいで申し訳ないです」


「いや、ウィルのせいじゃないから気にしないで。もし文句があるとしても、悪いのはニアだから」


「シキ先輩は優しいっすね」


 満面の笑みで紡いだウィルの言葉に反応するように、シキのこめかみがピクリと痙攣する。

 逸らしていた目をウィルに向けた。その目は、決して誰かに向けられるようなものではなかった。穏やかではない、というレベルではない。

 威圧感が増し、纏う空気も重々しいものへと変わっていく。

 そのことに気づかないのか、ウィルは戯けたように首を傾げていた。


「ウィル、」


「何ですか? シキ先輩」


 また、ピクリと動く。

 蛇に睨まれた蛙の如く、鋭い視線がウィルを貫く。そこで初めてウィルの肩が跳ねた。


「その、シキ『先輩』って呼び方、やめてくれないかな?」


 低く、ドスの効いた声に、ウィルは顔の色を失っていく。

 睨みつけるように捉えるシキの目に光はない。


「あ、えと……あの、すみませんでした……」


「やめてくれるなら、それでいいよ」


 小さくウィルが頷いたことを確認すると、シキから重苦しい空気が消えた。

 ほんの一瞬の出来事だった。シキの雰囲気が変わったことすら、気のせいだったのではないかと思うほど。時間にして1分にも満たない。

 それでも、その一瞬のシキの表情が相当怖かったのか、「いいよ」と言ってくれた言葉を、素直には受け止められなかった。ウィルは先ほどまでの無邪気さを忘れ、すっかり怯えてしまっていた。そこまで怒る理由がわからないのだから無理もない。


「後輩には優しく、だよ」


 不意に声がかけられる。もちろん二人のものではない。

 気配も全く感じなかった。


「かわいそうに。怯えてるじゃないか」


 どこにいるのか、どこから声がするのか、全くわからなかった。

 認識できないものに、シキは警戒体制に入る。けれど、空気は先ほどよりも凍てついてはいなかった。姿は見えないけれど、その声にはどこか聞き覚えがあった。


 辺りを見回す。

 背後を振り返った時、靡くように流れる長い髪が目に入った。一つに結んだ長髪は、月明かりに照らされ、銀色に輝く。


「相変わらずだね、シキ」

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