4-27 千客万来
「ところでさ、」
突然現れた声に、智也と秋葉が言葉なく目を見開く。秋葉は胸の辺りに手を重ねていた。
二人の間に割って入るように顔を覗かせた関目が、相も変わらず久弥を脇に添えていた。久弥の表情と、彼の腕をしっかりと掴んでいる関目の手から、強引に連れてこられたことが窺える。
なぜ関目は一人で来ないのだろうかと疑問に思うところだけれど、ひとまずその点は置いておくことにして、何の脈絡もない『ところで』の続きを伺うことにする。
「関目くん、どうしたの?」
「対中って、年末はこっちにいるのか?」
「こっち?」
首を傾げたのは秋葉だ。『こっち』が何を示すのかわからず、関目に向けていた視線を智也の方へと移動させる。智也には理解できる言葉なのだろうと踏んでいた秋葉だったけれど、予想に反して智也の表情は浮かない。
「最近、転校してきたから、地元はこっちじゃないのかなぁと。で、年末年始は
「あぁ、そういうことか。確かに地元はこっちじゃないけど、特に帰る予定はないよ。家も今はこっちにあるし」
「へ? そうなの? 家族みんなで引っ越してきた感じ? 親の仕事の事情とか?」
言葉通り前のめりに質問攻めにする関目を、隣にいる久弥が窘める。
「あれ? 聞いちゃダメなことだった?」と、キョトンとした表情を浮かべる関目を尻目に、今度は秋葉がその話題に食いついた。
「そういえば、そういう話全然聞いてなかった!」
目を爛々と輝かせ、智也からの返答を待つ。関目を止めたことが無駄だったように、マイペースを貫く秋葉に久弥がため息をついた。
秋葉の豊かすぎる表情に智也からは思わず笑いが漏れ、気を使って秋葉までも止めようとする久弥に断りを入れる。
「家族みんなで来たんだ。とは言っても、母親と二人だけだから……まぁ、そんなに大掛かりなことでもない」
「二人? あれ、でも前にいもうt……」
「わ! じゃあ、年末はこっちにいるのね? 関目くん、年末に何かあるの?」
関目の言葉を遮り、秋葉が慌てたように早口に言葉を流す。
「あ、もしかして初詣のお誘いとかかしら?」と続けると、遮られたことを気にしていないのか、もしくは本来の目的を思い出したのか、関目が見るからに表情を明るくさせて智也の方を見た。
「そうだった! そう! 初詣! もし行けそうだったら、一緒に初詣行こうぜ」
「久弥も一緒に行くし」と自信満々な様子で口にする。あたかも決定事項かのように言っているけれど、おおよそ関目が勝手に決めたことだろう。関目の我儘に毎度付き合っている久弥も、優しいのか、諦めているのか、もしくはそのどちらもなのか————もはや、抵抗もしない。
「関目くんは、年末に初詣行く人?」
「いや、いつもは年が明けてから行くんだけど、たまにはいいかなって」
「でも、俺らだけじゃ補導されるぞ」
久弥が正論をかざすと、関目は困った素振りを見せるどころか、ドヤ顔を久弥に向けた。「ちゃんと考えがあるんだな、これが」と、鼻高々に胸を張る。
『考え』とやらについては明言せず、何やら気分を良くしたのか、関目が嬉々とした笑顔を浮かべ、秋葉に視線を移した。
「あれなら修学旅行のメンバーで行こうや! な、秋葉!」
「私はいいけど、成瀬さんと美桜にも確認してからじゃないと……で、対中くんは行けるの?」
「多分、大丈夫だと思うけど」
そこが一番重要なのだと言わんばかりに、秋葉が鋭い眼光を智也に向ける。
対する智也の返事は、何とも曖昧なものだった。日程が日程なので、しかも急遽誘われたということもあり、確認が必要なのかもしれない。それも含めての秋葉の問いだったのだけれど、意図は通じなかったらしい。
そんな中、『大丈夫だと思う』という言葉を鵜呑みにした関目が一足先に喜び勇む。もちろん、久弥に「尚早だ」と小突かれていた。
「成瀬さんと美桜には私の方から聞いておくわ。対中くんも分かり次第、ということで」
「助かる! 諸々のことは、俺と久弥で決めとくから!」
了解の意味で頷くと、意気揚々と関目が自席へと戻っていった。
その後に続く久弥の背中を見送ると、智也が秋葉に感謝の言葉を告げた。驚いて智也の方を見ると、言葉の反面、眉を下げ、何やら困ったような表情を浮かべていた。
「私、何かお礼を言われるようなことしたかしら?」
「あぁ……まぁ、何だ。気使わせて悪かったな、と言うべきか」
「何のことだかさっぱり」
肩を竦め、両手を上げると、秋葉はあっさりと自分の席に腰を下ろした。
さっぱり、と口では言っているものの、すっきりとした顔をしている。智也が何を言っているのか、何のことを言っているのかわからないといった表情ではない。おそらく、わかっているのだろう。わかった上で、知らないフリをしているのだ。
智也としては、関目たちがやってくる前に話していたことについて、秋葉が追及してこなかったことも、正直有り難かった。
年末の話題に気を取られ、忘れてしまっているのかもしれない。それはそれで、秋葉らしくて、初めて彼女の興味関心の移り気に感謝した。
***
「成瀬さーん!」
昼休み————とはいっても、学校は午前中までで、お昼ではあるけれど、放課後となった現在、特別教室のある校舎の廊下を歩いているところに後ろの方から声がした。少し離れているのか、叫ぶような響きを感じるわりに、聞こえた音はさほど大きくはない。
振り向くと、距離にして20か30メートルほど後ろから大きく手を振り、莉李に向かってくる女子生徒の姿があった。近づくにつれ、顔が認識できるようになると、クラスメイトだということがわかった。
「どうしたの?」
「……先、…生が、呼んで、て……」
肩で息をしながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。言葉は続かず、ちょっと待って、というように莉李の前に手を出した。
深呼吸をして、呼吸を整える。そんな彼女を気遣いながらも、莉李は彼女の腕に軽く触れると、廊下の端に寄った。
「ごめん。えーと、担任が成瀬さんのこと呼んでて、職員室に来てほしいって。そんなに急いではないみたいだったけど」
急いでいないのに、急いで来てくれたのかと、莉李は驚きながらも感謝の言葉を伝える。
「伝えに来てくれてありがとう」
「成瀬さんちょうど見えてたし、こっちに来る用事もあって……」
「成瀬ちゃん」
彼女の言葉と重なるように、別の声が聞こえる。その声は低く響き、二人のものではないことはすぐにわかった。
声はまた莉李の後ろから聞こえた。莉李は当初の進行方向へと顔を向ける。同じように、声の主を確認しようと莉李の陰から女子生徒が顔を覗かせると、声の主は「あ、ごめん。話し中だったかな?」と眉を下げた。
「! 遠野先輩!」
「お邪魔しちゃったね。ごめん、改めるよ」
「いえ! わたしの用事は終わりましたので!」
声を高めた女子生徒は、「どうぞどうぞ」と言わんばかりに、莉李を遠野の前に押し出すと、莉李の背中に隠れた。
遠野は首を傾げ、莉李に伺いを立てる。用事が終わったというのは間違いではなかったけれど、莉李としても彼女の様子が気になったので、肩を竦めて返した。
「成瀬ちゃん借りても大丈夫かな?」
莉李の肩越しから遠野が顔を出し、女子生徒に訊ねる。彼女は俯いたまま、強く頭を上下させた。あまり激しく頭を振ると、血流がおかしくなるのでは、と心配になる。心なしか顔が赤いような気もするので、いよいよ止めた方がいいような気がした。
莉李と遠野は顔を見合わせ、遠野は「ごめんね」と、莉李はもう一度「ありがとう」と彼女に伝えた。「大丈夫?」と付け足すと、女子生徒はやはり頷くだけで、足早に二人のもとを離れていった。
「悪いことしちゃったね。怒ってないといいけど」
「怒っては、いなかったかと……ところで、遠野先輩はどうされたんですか?」
「あ、えーとね……」
要件を訊ねると、なぜか遠野の口ぶりが濁った。ほんの少し前まではいつもと変わりないように見えていたのに、眉を下げたまま、話を切り出さない。
そんな遠野は珍しい、と莉李が傍観を決め込んでいると、またしても見知った顔がこちらに近づいてきていた。
「珍しい組み合わせだな」
「九条先輩」
「ゆっくん」
廊下の一端にいる二人に近づいてきたのは、両手にノートを抱えた九条だ。いつも寄せている眉間のシワはなく、どちらかというと穏やかな表情を浮かべているように見えた————というと、何だか失礼な話のような気もするけれど。
「いや、ちょっと……ゆっくんに聞いた話を確かめようかと」
「ん? ……あぁ、あれか。で、どうだったんだ?」
「まだ聞いてない」
九条は渋い顔をした。
そのまま二人だけで会話が進んでいく。遠野の要件を九条も知っている様子だ。もちろん、二人が何について話しているのかは、莉李にはわからない。
しばらくして二人の話し合いが終わると、先に莉李に向き合ったのは九条だった。
「週末、国東と出かけたのか?」
九条の問いかけに、莉李は戸惑いながらも頷いた。どうしてそのことを知っているのだろうかと不思議に思ったけれど、そういえば、お出かけの前日に紫希との会話を聞かれていたのだと思い出す。
「何か変わりはなかった? 国東から何か話とか……」
急かすように捲し立てる遠野に、「ちょっと落ち着け」と九条が遮る。遠野にしては珍しく、語気が荒いことを気にしつつも、今度は否定の意味で首を横に振った。
「確かに、話があるとは言っていましたが。紫希先輩、用事ができたとかで」
「話があるって? でも、その前に帰っちゃったってこと?」
「はい」
九条と遠野が顔を見合わせる。表情が変わらない九条に対し、遠野はさらに眉を歪め、困ったような、申し訳ないというような顔で、おろおろと慌てふためく。
「どうしよう。やっぱり俺、余計なこと言っちゃったんだよ」
「問題はそこじゃないだろ。きっかけが何であれ、成瀬がいいなら別にいいんじゃないのか?」
「それはそうだけど……」
「あの、」
またしても蚊帳の外にされ、話が勝手に進んでいくところを莉李が割って入る。莉李の声に、一見揉めているような口調で話していた二人が、莉李の方へと同時に視線を向けた。急に集まった視線に肩をびくつかせながらも、意を決して口を開く。
「先ほどから、何の話をされているのかわからないのですが」
「あ、ごめんね…」
「実は、」
「みんなお揃いで何やってるの?」
声と一緒に、莉李に重みがのしかかる。
顔を見なくとも、声の主が誰なのかは明白だった。背中に触れる体温に、何だか懐かしさを感じるような気がして、莉李は少しだけ顔が熱くなった。
「お前はタイミングがいいというか、邪魔をする天才というか……」
「後者については、九条には劣るよ」
軽口を叩きながら、莉李を解放する。
いまだに九条は、視線を紫希に向けようとはしない。
「何の話してたの? というか、もう話終わった? ちょっと、莉李ちゃんに用事があるんだけど」
「……まだ、終わってはないが」
「終わってはないけど、終わったことにしといてやるって? 九条、ありがとう」
九条の表情が歪む。そんな顔を面白がるように、紫希は笑顔を返した。
————と、その笑みはすぐに消え、紫希はこめかみあたりを抑えて目を閉じた。少し背を丸めているようにも見える。
「先輩? どうしたんですか?」
焦りのみられる声で、莉李が紫希に駆け寄る。
紫希は莉李の前に手をかざすと、「大丈夫」とだけ告げた。その声からは、<大丈夫>なんて雰囲気は感じられなかった。
「ごめん。やっぱり後にする」
紫希はそう言って、呆気なくその場を後にした。
離れていく背中を見つめる。その足取りはふらつているように見えた。心配する気持ちが視せる幻覚か何かだろうか。
残された三人は、状況を理解することができずに立ち尽くす。
「何だったんだ? いつもの気まぐれか?」
「何だったんでしょう……具合が悪い、とかじゃなければいいんですけど」
「顔色は悪くなかったし、それは大丈夫だろう。それより、成瀬」
「はい?」
「先ほどの話の続きだが、何か困ったことがあったらいつでも相談に乗るから」
九条の言葉に、相変わらず眉を下げたままの遠野が強く頷いていた。
やはり何のことかわからない莉李は、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「今は? 今、困ってることはない?」
「特には……」
「……そう」
遠野は明らかにホッとしたようにため息をついた。
背中をポンと叩く九条の表情も、いつもよりも随分と穏やかに見える。
頭を傾げる莉李は、そんな二人が気に掛かる一方で、先ほどの紫希の様子を思い出し————確かに顔色は悪くなかったけれど————心配する気持ちを完全には払拭できずにいた。
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