4-18 利害

「? 手伝う?」


 首を傾げる智也を前に、少年は「はい」と躊躇いもなく頷いた。


「手伝ってほしい、という話ではなく?」


「はい。僕があなたの手助けができるという提案です」


 真っ直ぐな瞳に、言葉に、智也は戸惑いを隠せない。新手の詐欺か————見た目の幼さがさらに胡散臭さを加速させる。このまま話を聞けば、悪い方へと誘導されるのではないかと、疑いの目を消しされずにいた。

 どうしたものかと思案していると、智也から返事がないことに、今度は目の前の少年が首を傾げる。少しの間考え込むと、何か思い当たることでもあったのか、「そうか」と手を叩いた。


「自己紹介がまだでしたね。僕は、ニアと言います。シキ……あなたが嫌っている赤髪の彼の、仕事仲間みたいなものです」


「仕事仲間?」


 その言葉に、智也は疑心を強める。学生だろうと思っていた人物から、『仕事』という言葉が出てきたことに、自分の耳すらも疑った。けれど、ニアと名乗った彼は、先程同様、嘘偽りはないといった眼差しで頷く。そのあっさりとした反応に、部活動もしくはクラスの係りか何かの活動を『仕事』と表現しているようにも思えた。


「僕はこんな見た目ですが、あなたの何倍も長く生きているんですよ」


 相手の反応に慣れているかのように、ニアが呟く。その声には不服そうな雰囲気はなく、もうすでに悟っているかのような色を含んでいた。

 とはいえ、『そうですか』とも簡単には頷けない。見た目のギャップもさることながら、よくよく彼の言葉を反芻してみると、『あなたが嫌っている赤髪の彼』などと言っているではないか。脳内にその彼の顔が思い浮かんで、智也の眉間にシワが寄る。けれど、疑心暗鬼になっている智也はすぐに首を振った。知っている人物の特徴を言えば、こちらが信用するとでも思っているのかもしれない。そんなものは、偶然見かけたとか何とかで、適当に口裏を合わせることは可能だ。

 智也は伺うように————その実、睨みつけるような目つきでニアを見た。ニアは怯むことなく、智也の様子を観察しているようだった。


「あなたが、僕たちの存在を知る者だということは存じ上げています。存じ上げた上で、声をかけている次第です。もし、あなたが僕の言葉を信じられないというのであれば、今ここで証拠をお見せすることも可能です」


「どうしますか?」とニアが智也に訊ねる。人の心でも読めるのか、智也の心中を見透かしたような言葉に表情が歪む。そんなところもまた、と同じようで————彼ほどの不快感はないけれど————疑心が違うものへと変わっていく。


「確かに僕もも、その能力はありますが、今は力を解放していないので、人間とそう変わりませんよ。あなたは顔に出るタイプなので、わかりやすいというだけです」


「………」


「証明できるとはいえ、僕はではないので、見た目はほとんど変わりません。ただ、力が解放できる分、できることが増えるので、何かしら証拠になるかと」


「さすがに、ここで魂を回収することはできませんが」と真顔で口にする。彼なりの冗談なのかもしれないけれど、一ミリたりとも笑えない。

 先程の問いかけに返事をもらえていないニアは、「どうしますか?」と繰り返し、手を頭の方へと移動させた。こちらはいつでも準備万端だとでもいうように、頭に巻かれた包帯に触れる。その弾みなのか、もしくは風に吹かれたのか————そのどちらか、どちらでもないのか判然としないのは、智也が目の前の彼の動作を眺めるのに集中していたからで————右目を隠していた前髪が横に流れた。けれど、障害物がなくなっても、右目は現れなかった。なぜなら、その下には頭に巻かれたものと同じ包帯が右目を覆っていたからだ。


『もし、右目に包帯を巻いている少年を見かけたら、彼女を近づけさせない方がいい』


 不意に、が言っていた言葉が智也の脳裏に浮かんだ。右目に包帯を巻いている少年————特徴はそれだけで、たったそれだけのことが合致しているだけ。ただそれだけなのに、が言っていた人物が、目の前のこの少年だと智也は思った。それは特徴のためか、それとも彼がのことを知っているような口ぶりをしているからか。

 けれど、おかしな点もある。彼が言っていた少年は、京都にいるはずでは?


「何か、違うことを考えていますね」


 黙り込んだ智也に対し、ニアは苛立つ素振りも見せず、終始無感情のような表情で智也からの返答を待っていた。

 それでも智也は、まだ一人考え込んでいた。彼らにとって、移動は簡単なものかもしれない。となると、先程の疑問はすぐに一蹴される。けれど、一つ疑問が解決しても、新たな疑問がやってくる。


「……仕事仲間だって言ってたよな?」


「はい」


 久方ぶりに言葉を発した智也に、ニアは移動させていた手を止めた。その一連の動作を、手に焦点を当てて眺めていた目を、ニアの目に移す。


「あんたは、あいつの仲間————味方なんじゃないのか?」


 真っ直ぐ向けられる視線に、ニアが首を傾げる。どこに疑問を抱く点があったのかわからない智也は、さらに眉間にシワを寄せた。


「味方……仕事仲間に語弊があったでしょうか。同じ仕事に携わる者、と言った方が正しいかもしれません。味方かどうかと問われると、何に対しての、という問いを返したいですね」


「じゃあ、質問を変える。あんたの目的はなんだ?」


「目的?」


「どうして俺に声をかけたんだ?」


 智也の問いに、ニアが「ふむ」と顎に手を置く。智也の意図を知ってか知らずか、その点については気にする素振りもなく、ゆっくりと口を開いた。


「あなたに声をかけたのは、僕とあなたの利害が一致しているからです」


「利害?」


「シキのここでの管轄はすでに終了しています。僕としては、早く次の場所に移動してほしいんですよ」


「管轄? 次の場所?」


 おうむ返しのようにニアの言葉を繰り返す智也に、ニアは相変わらず感情を見せない表情をしていた。


「その辺もゆっくり説明しますので————ここで立ち話もなんですし、どこかに移動しませんか?」


「……」


「大丈夫ですよ。取って食べたりしませんから」


 少しだけ声のトーンを上げた言葉に、これもまた彼なりの冗談なのだろうと理解する。けれど、だからと言って、やはりくすりとも笑うことはできない。


「さて、冗談はさておき。あなたが恐れるようなことはありませんよ。先程も言いましたが、僕はではないので、自由に魂を取ることはできませんから」


「僕の不都合は、彼に見つかって、止められることなので」と加える。


「場所はあなたの都合がいい場所でいいですよ」


 あまりに虫の良すぎる話に、信じてもいいのか、確信が持てない智也だったけれど、目の前に訪れたこの上ないチャンスを無駄にはできない。

 ニアは最後のダメ押しに、「あなたが知りたいことで、僕が教えられることは全てお教えしましょう」と口にした。

 智也は静かに一つため息をつくと、ニアの言葉に従うことにした。

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