4-16 自白
「失礼しました」
「あれ? 会長じゃないっすか」
部屋を出てすぐ、馴染みのある声が紫希を呼ぶ。扉を閉め切ってから声の方へ振り向くと、両手にノートを携えた野依が、目を丸くして紫希を見ていた。
「珍しいっすね、会長がこんなところにいるなんて。え、まさか……」
紫希が出てきた部屋の室名札と紫希を交互に見やり、口にしかけた言葉を野依はすぐに飲み込んだ。口を閉ざした野依は、気まずそうに視線を逸らす。
目を合わせまいとしている野依に、意味深な笑みを浮かべた紫希が詰め寄る。
「ノイ〜。何を言いかけたのかなぁ?」
「あ、いえ、その…」
「当てようか? 『会長が職員室にいるなんて、悪いことして先生に呼び出されたんすか?』ってところかな?」
笑みを絶やさない紫希に、野依の表情に色がなくなっていく。図星をつかれ、肯定も否定もできずに再び口籠もる。
「ノイは本当にわかりやすいねぇ。でも、残念ながら呼び出されたんじゃないよ」
「へ? そうなんですか?」
「じゃあ、何で……」と好奇心が口をつく。職員室に用事があることもあるだろうに、勘違いを咎められなかったことをいいことに、失礼なことを口にしていることに野依は気づいていない。とはいえ、野依の失言もいつものことなので、紫希も特に気にすることもなく、先を続ける。
「ちょっと顧問に用事でね。————ところでノイ、修学旅行は楽しかった?」
「え……」
固まる野依に、紫希は首を傾げる。自分のためにも、野依のためにも話題を変えた方がいいと思っての発言だったのだけれど、どうも選択を間違えたらしい。楽しくなかったのだろうか。その可能性は限りなく低い。であれば、この反応は何だろう。
「何かあったの?」
「あ、いえいえ。何も。普通に楽しかったっすよ」
慌てたように早口で言い切る野依は、何かを思い出したかのように目を見開く。
「お土産なら、今度の集まりの時に」
「いや、まぁそれはそれでいただくけど。そうじゃなくて」
そう言って目線を野依から逸らし窓の外を見た紫希の目に、見慣れた人物が映る。友人と思しき人と歩いていたその人物は、下駄箱付近で別の学生と合流した。その様子を上からぼんやりと眺める。
視線が自分に戻らないことを不思議に思った野依も、紫希の視線の先を追った。
「あれ」
野依の声に、紫希がちらりと目線だけ野依の方へと向けた。紫希の方ではなく、窓の外に視線を向ける野依に、今度は逆にその視線の先を追う。
「ノイ、知り合い?」
「あの一番背が高いやつは知ってるっす。知ってるっていうか、それこそ修学旅行の時に成瀬を迎えに来た……」
そこまで口にした野依は、紫希と目が合うと、しまったというような顔をして口を手で押さえた。今更感が否めないのに、そんなところもまた素直で可愛らしいとでも言うべきか。
「迎えに来たって何? それまでノイが、莉李ちゃんと一緒にいたってこと?」
「……」
「ノイ、怒らないから話して」
柔らかい口調で紫希が野依に囁く。その前振りは絶対に怒るやつだ、と思いながらも、ここまで言ってしまっては、もはや黙っているわけにもいかない。莉李に口止めしていたにもかかわらず、自分が漏らしてしまうとは。しかも、一番知られたくなかった人に知られてしまったのだから、もうため息も出ない。
「一応、先に弁解しておきますけど、本当に偶然ですからね! たまたま、たまたま! 迷ってた成瀬と遭遇しただけですから!」
必死に強調する野依に、紫希は笑いを禁じ得ない。それでも何とか笑いを堪えながら「それで?」と口にすると、まだ少し怒られる可能性を拭いきれない野依は、紫希の様子を伺いながらも弁解を続ける。
「聞けば、集合場所もすごい近いところだったんで、送って行くことになったんです。で、その途中であそこにいる成瀬のクラスメイトに会って、って感じです。以上です!」
「へぇ、なるほどねぇ」
「何もないですからね! それだけですからね!」
「あんまり、言われすぎると逆に疑っちゃうんだけど」
「……」
紫希の言葉にすぐに黙りこむ野依に、耐えきれず紫希が吹き出す。素直にも程がある。
初めから、野依を疑ってはいないのだけれど、隠そうとしていたことが少々引っかかった。その理由は考えるまでもなくわかってはいたので、その点については言及せずにいた。
「ごめんごめん。冗談だよ。ノイを疑ってはないから」
「本当っすか?」
「疑ってほしいなら……」
「いやいや! 大丈夫です! 必要ないです!」
手に持っていたノートを落としそうになりながら、野依が慌てた様子で手を振る。崩れそうになっているノートの上の方を整えつつ、「彼じゃなくてよかったよ」と紫希が呟く。紫希の言葉が聞き取れなかった野依が、頭を傾げながら聞き返すと、紫希が相変わらずの笑顔を野依に向けた。
「いやー、でも今の話聞いて、決心ついたよ」
「え、何のっすか!?」
「それは、発表されてからのお楽しみかな」
「ま、拒否もできるから」と口にした紫希の顔に浮かべられた笑みが、先程とはまた違った不気味さを醸していて、聞きたいような、聞きたくないような気持ちになる野依だった。
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