4-8 暗雲

 一足先に集合場所に到着した智也たちのスマホが一斉に鳴った。見ると秋葉からだ。メッセージを開くと、送信先がグループトークとなっている。内容は、今から向かう、とのことだった。


「店、ここから近いんだよな?」


「あぁ。5分もかかんないんじゃないか」


 そう口にしてから久弥は「でも着物だと歩きづらいか」と言葉を訂正した。


「ま、でもあとはゴールに向かうだけだしな」


 だから急いではいない、と言いたいのだろう。お昼ご飯から、3時のおやつもたんまりと食べたはずの関目の手には、抹茶ラテが握られている。ただの抹茶ラテではなく、上にホイップクリームが乗った抹茶ラテだ。甘さの相乗もさることながら、カロリーの魔法がかけられていると言っても過言ではない。


 そんなことはさておき、先程関目が言っていた通り、修学旅行二日目はもうすぐ終わりを迎えようとしていた。締めくくりとして選んだ場所は、鴨川だ。とは言っても、鴨川はおまけのようなもので、レポートを書けるだけの情報はここに来るまでに収集できていた。久弥が各所で、得意の写真を撮ってくれているので、これでもう万全と言えるだろう。


「何で、楽しい時間ってあっという間に終わっちゃうんだろうな」


「お前は今日、ずっと食べてたようなものだけどな」


「ちゃんとメモも取ってたぞ! ほら!」


 そう言って鞄の中からメモ帳を取り出し、久弥に見せる。慌てていたのか、持っていた抹茶ラテのカップをこぼしそうになっていた。

 天気の影響で実際の時刻よりも薄暗くなっている現在、久弥たちの主な光源は、待ち合わせ場所に指定されたお店の明かりだけだ。お店の邪魔にならないように隅っこに寄った三人は、お店に背を向けて立つ関目の向かいに久弥と智也が位置していた。見ろ、と言うわりには、その張本人が明かりを遮断している。

 それでも、必死に自らの頑張りを披露したい関目は、見えていないことに気づく様子もなく、熱弁を繰り広げる。

 関目の熱い言葉を流しながら、智也が背後に目を向ける。莉李たちが向かった着付けのお店の場所からして、そちらの方向から来るだろうと思ったのと、連絡を受けた時間から見ても、そろそろ到着しても良さそうだった。

 暗い道の中では、視覚よりも聴覚の方が先に情報を伝えてくれる。智也の耳には、関目の声とは別に、何かが近づいてくる音が聞こえていた。その足音は何やら急いでいるようにも聞こえる。

「来たんじゃないか?」と智也が呟く。疑問系なのは、まだ彼女たちだという確証がなかったからだ。

 足音とともに、人影が近づいてくる。足音は一人のものだけではなく、複数であることはわかっていたけれど、それが二人のものだと気付いたのは、影がお店の明かりの反射光が届く位置に来てからで、二つの影は美桜と秋葉のものだった。


「どうした?」


 三人の元にたどり着いた二人に、間髪入れずに智也が訊ねる。けれど、肩を上下させるほどに呼吸が乱れている二人は、すぐに言葉を発することができない。

 智也は二人の雰囲気から、嫌な予感を察知した。何より、この場に莉李がいないことが気になっていた。


「何かあったのか?」


 攻め入る智也に、久弥が智也の肩を掴んで遮る。久弥の方を見ると、「落ち着け」と顔が訴えていた。久弥の声なき言葉に、智也は聞こえないように深呼吸をした。


「対中くん、ごめん……」


 いまだに落ち着かない呼吸の中、秋葉が申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。その言葉の意味も、眉を下げた表情も、智也には何一つ思い当たる節はない。

 ない——————そう、思いたかった。


「成瀬さんとはぐれちゃったの」


「は?」


 秋葉の言葉に、智也は秋葉に掴みかかる勢いで足を踏み出す。けれど、これも隣に立っている久弥に止められた。久弥は、智也を背後に置くように美桜たちの前に立つと、声のトーンを和らげ、秋葉に問いかける。


「はぐれたってどういうこと?」


「あのね、着付けが終わって、お店を出たところまでは一緒だったんだけど……ここに向かってる途中で、急にいなくなっちゃったの」


「いなくなったって?」


「わかんない。本当に、急に


 説明している本人も訳がわからないといった様子で、声が震えていた。美桜に至っては、泣き出しそうな勢いだ。


「電話は?」


 口を開くのとほぼ同時に智也がスマホを手にしたところで、秋葉が首を振る。


「何度もかけた。でも、繋がらないの」


「繋がらない?」


「電源が切れてるのか……」


 続く言葉を秋葉はあえて口にしなかった。いや、できなかったと言った方が正しいのかもしれない。俯く表情が、不安に思っていることをありありと表しているようだった。


 何一つはっきりとしない状況に————いや、莉李がいなくなったという事実ははっきりしている————智也は頭を抱えた。

 ピリピリした空気の中でも、関目は変わらず「何だ、迷子か?」などと、呑気に口にする。久弥が呆れたように、「ちょっと黙ろうか」と言っていたけれど、智也には気にする余裕はなかった。


「俺、探してくる!」


「待て」


「止めるなよ!」


「止めはしないけど。当てはあるのか?」


「ないけど……ここでじっとしてもいられないだろ!」


 関目の言う通り、迷子ならば問題はない。いくらでも迷えばいい。見つけ出すさ。

 だがしかし、もし迷子でなければ? 最悪の可能性ならいくらでも考えられる。誘拐、終わっていなかった不運————もしくは、あいつが言っていたの仕業という可能性だってある。どの選択肢も絶望的だ。


「ひとまず、10分だけ探そう。ここから近い場所ではぐれたってことなら、まだそう遠くに行っていない可能性が高い。だけど、探すのは、俺と対中だけでだ」


 久弥の提案に、秋葉が目を見開いた。自分たちは探しに行ってはいけないと言われたことに、納得いかない様子だ。


「秋葉、柳、関目はここで待機。もしかしたら、成瀬が来るかもしれないだろ。成瀬のスマホが使えないなら、俺らと連絡取れる手段がない。その任は誰かが担わないと。それに、二人は動きにくいだろうし、関目もここの土地勘はそんなにないだろ?」


 迷子が増えると手間も増える、と久弥が付け足す。智也と同じで、久弥も京都に来たことがあるのだろうか。来たことがなくとも、ここら付近については把握したということだろうか。答えがどうであれ、自信があるような口ぶりだった。


「成瀬を見つけたやつが、みんなに連絡を入れる。それが一番効率的だ」


「わかった」


 智也は早々に頷くと、「俺はこっち側を探す」と言って、久弥の返事も待たずに飛び出した。

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