4-7 別行動

 京都散策を満喫し、抹茶スイーツを堪能したところで、女子三人は着付けのために、一足先に店を後にした。朝から歩きづめだったにもかかわらず、店を出る秋葉の足取りは軽やかだった。

 残された智也たちは、のんびりとスイーツセットのほうじ茶を啜っていた。


「よかったのか?」


 関目がケーキも食べたいと言って席を立ったところで、久弥が智也に声をかけた。関目が先に食べたてんこ盛りパフェほどではないけれど、智也がセレクトした抹茶のロールケーキも見た目以上に量があり、「もうお腹いっぱいだ」と智也が答えると、そうじゃないと返された。


「予定が変わったのはいいとして。別行動にしてよかったのか、という意味で聞いている」


「何か不都合でもあったか?」


「いや……自覚がないならいい」


 それだけ言うと、久弥は智也から顔を逸らし、ほうじ茶に口をつける。そのタイミングで関目が戻ってきたので、これ以上言及することなくこの話は終わった。


 智也はわざと惚けたフリをした。不自然なくらいに、莉李の周辺を気にかけている自覚はあった。それを周りに悟られていることも、薄々は気づいていた。誰にも気付かれないように気を配るには、その手のことについて素人すぎた。

 けれど、久弥の問いに肯定したところで、理由を訊ねられても答えることはできない。どうせ誤魔化すくらいなら、最初から言わないほうがいいだろうと判断したのだった。

 別行動で、彼女から目を離すことに不安がなかったわけではない。けれど、があの約束を破るとも思えなかった。信じているわけではないけれど、あの時のあの言葉に嘘はなかった————と思う。しかし、今心配しているのは、その彼が最後に言った言葉の方だった。

 今のところ、彼が言っていたような少年は見ていない。目に包帯を巻いた少年であれば、少なからず目立ちそうなものだ。そもそも、必ず遭遇するというものでもないろう。取り越し苦労ならいいのだけれど。ひとまず、はぐれると面倒だから、という理由で秋葉には強く「三人で一緒にいるように」と言い付けておいた。







 ***







 莉李たちは、各々選んだ着物の着付けが終わり、ヘアメイクに移っていた。秋葉が急遽調べてくれたお店は着物だけでなく、髪飾りから和装用バッグまで貸し出しを行っている、至れり尽くせりなところだった。多くのお店がそうなのかもしれないけれど、何はともあれ、秋葉の目利きにはさすがだと思わざるを得ない。


 先に全ての準備を終え、待っていた美桜のもとに次にやってきたのは莉李だった。紺色の生地の上から白のレースを合わせたような着物で、よく見るとレースは小さな花柄を模している。髪型は横に流れるような三つ編みで、着物と同じ生地のレースも一緒に編み込まれていた。


「莉李、可愛い! 似合ってるね」


「ありがとう。美桜も可愛いよ。色も柄もぴったりだね」


 髪飾りはリボンにしたんだ、と美桜の髪に触れる。美桜は、アイボリーを基調としたモダンな花柄の着物をセレクトしていた。帯飾りにも着物の柄と同じ花がついていて、一輪の花が綻んでいるような、淑やかな華やかさを感じさせた。ショートボブの美桜は片方の耳に髪をかけ、そこにリボンを付けてもらっていた。


 あとは言い出しっぺの秋葉だけなのだけれど、なかなか出てくる気配がない。着替えまでは三人ともほとんど時間は変わらなかったはずなので、時間を取っているのは髪のセットだろう。

 秋葉を待っている間に、店員さんから声がかかり、羽織るものを選ばせてもらうことにした。選択肢は羽織りとショール、ファーなどがあった。美桜は羽織りを、莉李はショールを選んだ。

 二人が選び終わったところに、準備を終えた秋葉が登場する。紫地に鞠柄の着物で、襟元から覗く襦袢にはバラが描かれている。何とも派手な組み合わせではあるけれど、秋葉が着るとそんなに強さを感じないから何とも不思議だ。

 美桜よりも少し長いくらいのミディアムヘアの秋葉は、横にまとめるようにしたお団子ヘアにかんざしをさしていた。


「ごめん、お待たせ」


「大丈夫だよ」


「秋葉さんのお着物も素敵だね。似合う!」



 三人が各々の着物姿を褒め終わったところで、最終目的地へと向かう。ちなみに、秋葉は莉李と同じショールを選択した。









 智也たち三人とは、最終目的地である鴨川の手前で待ち合わせることになっていた。いっそ現地集合でいいのではと思うところだけれど、ゴールはみんな揃ってからがいいと、秋葉が最後のわがままを見せたのだった。

 お店を出る前に連絡を入れる手筈になっていたので、真っ先にスマホを手にする。代表して、これも秋葉が役を担ってくれた。あとは向かうだけだ。


 容姿や何かが変わったわけではないのに、いつもと違う服装をしているというだけで、見える世界が変わったような気がする。自分たちを取り巻く環境が、周囲の人間の目が変わるために、そんな錯覚を起こしてしまうのだろうか。着るもので、ちょっとした変化を楽しめてしまうのだから、何だか少し得をしたような気持ちになる。



 12月にもなると、日はだんだんと短くなる。夕方には少し早い時間ではあったけれど、空が曇っているのも相まって、実際の時刻よりも暗く感じた。それでも、目的地までの道のりに心許なさを感じないのは、辺り一面、灯りに照らされているからだ。暗闇など存在しないかのように。


 莉李たちは、お店から待ち合わせ場所までの道のりを、散策しながら歩く。街灯に照らされる京の街並みも、なかなか趣があった。

 時折、冷たい風が頬を掠めたけれど、羽織りがあるおかげか、身体はそれほど寒くはなかった。

 流れる風に髪が靡かれ、莉李がそれを押さえる。しばらく弱い風が続くと、その風に乗って何かが靡かれ、莉李の視界に飛び込んできた。靡かれながら、そのは莉李の横を通り過ぎる。莉李は、引かれるように振り返った。けれど、莉李の視線の先には誰もいない。

 風が見せた幻覚だっただろうか、と前を向いた莉李は、美桜たちの姿も見失っていた。

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