4-6 提案

「どれにするか迷うなぁ。あれもいいし、あぁでも、こっちも捨てがたい……」


 ショーケースに顔を近づけ、関目がぶつぶつと呟きながら、目を左右、上下に忙しなく動かしていた。

 目の前には十数種類の小鉢が並んでいる。小鉢の前にはメモ用紙ほどの大きさの紙に、『卯の花の煮物』など料理名が記載されていた。

 修学旅行二日目のお昼————自由行動が続いている現在、お昼ご飯も各人好きなお店を選んでいいことになっていた。莉李たちの班は、「おばんざいが食べたい!」と言う関目の一言で即決した。昼食に食べるものを決めた本人は、楽しみがすぎるのか、6つまで選べるメニューに苦悩しているようだった。


「早くしないと、俺ら食べ始めるぞ」


「え、待って!」


 午後のスケジュールもあるため、見兼ねた久弥が急かすと、慌てたように店員にメニューを告げていく。その様子を見ると、もうほとんど決まっていたように思えた。

 6人がけの席に、美桜、莉李、秋葉、そしてその向かいに智也、久弥が座り、空いている席に関目が座る。みんなが揃ってから手を合わせ、今度は目を閉じる代わりに「いただきます」と口にした。

 おばんざいの種類は無限ではないので、各人かぶっているものもあったけれど、それでも見事に好みがはっきりとしていた。そんなところにも個人の色が伺えて、見ていて楽しい。何より、どの料理もとても美味しく、皆顔を綻ばせていた。言い出しっぺの関目もとても満足そうに口いっぱいに頬張っていて、その姿は何とも微笑ましかった。


「午後は散策しながら、ゴールに向かう……でいいのかな?」


 美桜の言葉に莉李が頷くと、関目が身を乗り出して目で何かを訴える。食べ物を口に含みすぎて、喋れないのだろう。焦って飲み込もうとした関目がむせ、隣に座っていた久弥が水の入ったグラスを彼に差し出す。

 関目が落ち着くのを待つよりも前に、秋葉が「抹茶スイーツでしょ」と知った口を聞いた。言いたいことがあっていたのか、関目は激しく頷いていた。どうしても抹茶スイーツが食べたいらしい。秋葉が「ちゃんと組み込んでるよ」と言うと、満面の笑みを浮かべた。まるで子どもだ。


「でも意外だね。関目くんが抹茶好きだなんて」


「え、何で? 美味しいじゃん」


「うん、美味しいんだけど」


 そういうことじゃなくて、と言いかけてやめることにした。説明が面倒になってしまったのだ。それよりも目の前のご馳走の方が優先だ。


「でも、着物の着付け体験もやりたかったなぁ」


「行ってくれば?」


「へ?」


 ぽつりとこぼした言葉を関目が拾う。驚いて関目の方を見ると、彼は目の前の食べ物に夢中な様子で、目線は下を向いていた。先程の言葉は本当に関目が言ったのだろうかと疑問に思うところだけれど、やはり関目が言ったのだと確信できたのは、再び彼が口を開いたからだ。


「その間、俺ら適当に買い物とかしてるし」


 な? と智也と久弥に同意を求める。二人は、特に反対する必要もないと言わんばかりに黙って頷いていた。その反応もまた予想外だったのか、秋葉は目をパチパチさせている。あまりの驚きに、開いた口が閉じないといった様子で、莉李と美桜を交互に見た。


「てか、計画立ててる時に言えばよかったのに」


「え、あ、いや……時間とるし、どうかなと思って」


 秋葉にしてはしおらしく、遠慮がちに言葉を紡ぐ。文化祭では散々無理を押し切っていたにもかかわらず、さすがにでは遠慮したのか。今日までそのことについて、お首にも出さなかった。


「二人も一緒に行ってくれる?」


「うん、もちろん!」


「実はあたしも気になってたんだ」と美桜が小声で囁いた。照れたように笑う美桜に、秋葉が嬉しそうに微笑んだところで、関目が横から割り込む。


「でも、飛び入りで行けるんかな?」


「ちょっと調べてみる」


 秋葉は箸を置くと、素早くスマホに持ち替えた。その動きはとても俊敏だった。莉李と美桜も一緒に調べ物をしようとスマホを取り出そうとして、秋葉に止められた。どうやら、おおよその目星はつけていたらしい。何とも用意周到だ。


「あ、ここなら大丈夫そう」


 スマホを莉李と美桜に見えるように差し出しながら、秋葉が調査の結果を発表する。当日受け入れしてくれるなんて、寛大としか言いようがない。見ると確かに大丈夫そうだった。


「念の為、電話してみるね」


 そう言い残して席を立つと、秋葉は入り口の方へと向かった。行動が早く、とても頼りになる存在だ。

 秋葉が席を立ってすぐ、関目が鞄の中から一冊の本を取り出した。京都のガイドブックのようだ。あちこちに付箋が貼られているところを見ると、かなり入念に読み込んでいるらしい。関目は、その中から一ページを選んで広げると、智也と久弥に見せていた。彼は彼で行きたいところがあったみたいだ。

 しばらくして、秋葉が帰ってきた。ここぞというときに頼りになる存在は、満面の笑みだった。

 午後の予定に、新たな楽しみがプラスされることに大喜びで、残りの昼食を平らげた。

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