4-5 思慮
修学旅行二日目は、ほぼ自由行動だ。学校側が定めた範囲内で、いくつかのポイントを押さえておけば、言葉通り自由に観光して構わないという何とも放任な一日となっていた。班行動がメインとはなっていたけれど、班をさらに分割することも可能で、より多くの場所を巡っても良いとのことだった。最終的には、帰宅後にレポートをまとめなければならないため、それも加味した上で各班がスケジュールを立てていた。
莉李たちの班は、計画当初は男女別に違うルートを辿る予定だったのだけれど、話し合いの末、同じ順路で回ることで落ち着いた。目的地や、回る経路についても誰も文句は言わず、満場一致で承諾された。
宿泊先のホテルにて朝食を済ませると、AM 9 : 00には出発した。
最初の目的地は、学問の神様が祀られていることで有名な神社だ。
ホテルからはバスに乗ることになっていた。各班で経路、目的地が異なるため、市バスを利用する。学校側から一日乗車券カードが配給されていた。
「御祈祷は何時からだっけ?」
「10時と11時からだよ。って、何回確認してんの」
関目の問いに秋葉が答える。秋葉の小言を軽く聞き流した関目は、腕時計に目を落とし、「それなら10時の回に間に合うな」と口にした。いや、間に合うように向かっているに決まってる、と秋葉が心の中で悪態をつく。久弥も同じ意見だろうけれど、もう慣れきってしまっているのか顔色ひとつ変えない。
莉李たちの最初の目的地では、修学旅行生のために特別昇殿参拝が行われている。普段はクラス単位で執り行われている御祈祷を、10時と11時の二回、時間を決めて行ってもらうことになっていた。莉李たちは10時の回に参加する予定だ。
入り口のところでお浄めをすませる。手順がわからないと関目が騒ぐのではないかと懸念されたけれど、雰囲気に飲まれたのか、大人しくしていた。
お浄めが終わると、御祈祷の前に参拝を行う。一列に並び、皆揃って手を合わせると、誰かが合図するでもなく一斉に目を閉じる。各人が何をお願いしたのかについては、本人もしくは神のみぞ知る、というところだ。
御祈祷の場所へ向かうと、すでに何人かの生徒が散見された。彼らも10時の御祈祷に参加するのだろう。
定刻になる数分前に案内があり、促されるままに移動する。静かな雰囲気に、誰も口を開こうとするものはいなかった。御祈祷中はもちろん、終わってからもなお、しばらく沈黙は続いていた。
沈黙が破られたのは、お守りを受けようと立ち寄った時だった。各々好きなように見ていたところに、「成瀬さんはどうする?」と秋葉が莉李に声をかけた。
「私は学業守にしようかなと」
そう言った莉李の手には三つのお守りが大事そうに抱えられていた。そのお守りは「入試、試験合格」を祈願されたもので、同じものを三つも持っていることに、秋葉は首を傾げる。自分たちの入試祈願をするには少し早い気もするし、三つという数字も気になった。確か、彼女は一人っ子だったはずだし————
「これは先輩たちに」
秋葉の心を読み取ったのか、莉李が先に説明する。たちというのは生徒会メンバーの三年生のことだろう。九条に遠野、三人ということは
「会長って、結局進学するの?」
「わかんない。だから、これも必要ないのかもだけど」
そもそも、もらってもらえないかも、と口から出そうになった言葉を飲み込む。最近、意識していないと、ネガティブな言葉が溢れそうになることが増えたような気がする。
「なるほどね。可愛い後輩が先輩を想ってお守りをくれるなんて……これはもう何としてでも合格してもらわないとだね」
秋葉は戯けていた。ウインクまで付け足される。それが、莉李を気遣ってくての行為だということはわかっていた。彼女の配慮を無下にしないように「敢えてプレッシャーをかけるスタイルだね」と冗談を口にした。彼らの成績を見ると、そんな心配は不要だろうけれど。
「もらってくれるといいね————というか、やっぱり昨日電話してみたら良かったのに」
先程までの優しさは
「気にかけてもらえるのはとても嬉しいんだけど、やっぱり電話はちょっとハードルが高いというか……昨日も言ったけど、今のこの状況で、顔見ずに話すのは怖いというか…」
昨夜、あの盛り上がりの後————いや、その延長で秋葉たちは今この場で紫希に電話してみたらどうか、と提案した。一人だと不安なら、自分たちがついているから、と。
一瞬、その提案を飲もうとした莉李だったけれど、少しの思案の後、丁重にお断りをした。理由は先程の通りだ。それに対して、テレビ電話もある時代だと池原が抵抗する。それでも、やはり莉李の気持ちは変わらなかった。帰宅後、改めて紫希の様子を伺ってからでも遅くはないのではないかと。逃げ、のようにも思われるかもしれないけれど、そちらを選択したのだった。
「こういう弱ってる時に、つけ込むとか、つけ込まれるとかだと面白いのにね」
「?」
「いや、どちらもそういうタイプじゃないから、つまんないなぁと思ってるだけ」
心の声がダダ漏れな秋葉の言葉は、莉李には今ひとつピンとこなかった。秋葉は近くに来ていた智也にも、やはりよくわからないことを言っていた。智也も理解ができない様子で秋葉を訝しげに見やると、「そろそろ移動した方がいいんじゃないか?」と現実を見せる。
「これからの時間帯、次の目的地方面混むから、ちょっと早めに出た方がいい」
「詳しいね」
調べてきたの?と秋葉が訊ねると、智也は昔よく来ていたのだと口にした。
「妹が京都好きだったんだよ」
「お、出た! お兄ちゃん……って、だった?」
今は嫌いってこと? と秋葉が続けると、智也は珍しく眉を下げた。どういうこと? と目で訴えかける秋葉に、顔色を変えた莉李が目を泳がせる。
「それよりも! 早くバス停に向かったほうがいいんじゃないかな? ね、対中くん? 秋葉さんも早く行こう! あ、美桜たち呼んでこなくちゃ」
挙動不審に早口で話し終えた莉李は、足早に美桜たちの方へと向かう。とその前に、お守りの購入も忘れずに。
莉李が口を開き、立ち去るまでの一部始終をぽかんとした表情で見つめていた秋葉が、「あれは何?」と智也に答えを求める。
「さぁ? 俺に気使ってんのかもな」
「気を使う? どういう意味?」
「妹のこと。俺の妹、もういないんだ」
「え……」
秋葉は言葉を失った。その表情は、莉李に同じことを打ち明けた時に彼女が見せたものと同じだった。
秋葉の顔を見て、智也は苦笑する。気にしてもらう必要はないのに、皆同じ顔をするのなら、この件に関して口にしない方がいいのだろうかとさえ思う。
「ご病気か何か?」
「まぁ、生まれつき体は弱かったけど…」
原因はそれではない。その言葉を智也は飲み込む。
「ごめん……無粋な質問だったね」
「いいよ、気にすんな」
「……成瀬さんが気を使ってくれたんなら、この話は聞かなかったことにした方がいいのかな」
「うん、そうしよう。私は何も聞いてない!」と、何やら自信満々といった様子で口にする。それはそれで、何の宣言なのかわからない。秋葉なりの気遣いなのかもしれないし、単に自分自身に言い聞かせているだけなのかもしれない。それでも智也は、これ以上この空気を引っ張りたくなかったので、「それより、俺たちも急ごう」と、莉李の後を追った。
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