4-4 作戦
宿泊先に着くと、明日の予定を簡単に説明された後、解散となった。部屋割りは『旅のしおり』に記載されていて、そこに併記されている部屋番号の鍵を代表が担任の元へと受け取りに行き、そのまま各自部屋へと向かう。大体、三人から四人で一部屋となっていて、初日の今日は、莉李、美桜、秋葉の三人が同室となっていた。変わり映えのないメンツだ。
「さ、二人とも行くよ!」
部屋に到着し、一息つく間もなく秋葉が先程入ってきたばかりの扉へと足を向ける。早速、大浴場にでも行こうとしているのだろうか。お風呂は、部屋に備え付けられているユニットバスとは別に大浴場もあり、時間帯に縛りはあったけれど、どちらか選択できた。ホテルへの到着が遅れたため、確かに大浴場の利用時間は短くなっていたけれど、荷物を整理する時間くらいはあるし、何より必要だった。
とはいえ、秋葉は手ぶらだ。さすがに、手ぶらでは大浴場に行くことはできまい。では一体どこに行こうとしているのだろうか。秋葉に聞いても「すぐそこだから」と言って、詳細を語らない。
強引に連れたとうとする秋葉に、美桜が先にお風呂に入りたいからと、あとから向かう旨を伝える。秋葉も納得したのか、部屋番号を連絡するとだけ言い残して、莉李を連れて部屋を出た。
秋葉に連れてこられたのは、本当にすぐそこだった。莉李たちの隣の部屋だ。こういう場合、秋葉は率先して、男子部屋に赴きそうなものだけれど、予想に反して行き先は女子部屋だった。
隣の部屋は四人で構成されていて、莉李たちが遊びに行った時には、
「ごめんね、急に」
莉李が気を遣って口にすると、部屋の主人は笑って歓迎してくれた。そんな穏やかなやりとりに水を差すかのように、秋葉が「
「谷なら、決戦に向かったよ」
「え!?」
驚きを見せる秋葉は「一足遅かったか……その話聞こうと思ってたのに」と残念そうに口にした。一体何のことだかさっぱりわからない莉李は、首を傾げる。そんな莉李に気づいた池原が
池原が言うには、“決戦” というのは、告白を意味するとのことだ。相手は同じクラスの男子で、何でも修学旅行前に谷はその彼から告白されていたらしい。その時は断りの返事をしたのだけれど、自分に好意があるとわかってから気になり出したとのことで、けれど、当の彼はフラれたその日から素っ気ない態度を取り始めたのだそうだ。谷は「もう一回告白してくれたら付き合うのに!」と、何とも自分勝手にも取れる言葉を口癖のように言い、それでも元来待つということができないせっかちな谷は、今日こうして決戦を迎えたのだそうな。
「押してダメなら引いてみろ作戦、とかならいいのにね」
「もし、フラれてすぐにいじけてたんだったら、あたしが喝入れに行くよ!」
茂上がそう言うと、秋葉がそれは面白そうだと顔全体に笑みを浮かべた。
三人が盛り上がりを見せながら話している間、莉李は黙って聞いていた。けれど、一通り話が終わるとすぐに、莉李は表情を曇らせた。曇らせたというよりかは、何かが引っかかているかのように、考え込んでいるようだった。
「どうしたの、成瀬さん」
「え、あ……いや、ちょっと」
吃る莉李に、三人がその顔を覗き込む。莉李としては、一人でひっそりと思案できれば良かったので、何とも言い難い気まずさを感じた。けれど、ここで話を誤魔化して空気を悪くすることは避けたかったし、何より秋葉がいるところで誤魔化せる術は持たなかった。
「押してダメなら引いてみろってさ、言葉通りの意味?」
「うん? そうだけど?」
「それってさ、ゴールはどこにあるの?」
「絆されたら?」
莉李の問いかけに茂上が回答をくれる。茂上の言葉に他の二人も頷いていた。
莉李は納得したかのように回答を咀嚼していたのだけれど、いまだに表情の曇りが晴れない。答えが曖昧すぎたのだろうか、と茂上が別の言葉を探していると、「もし…」と莉李が口を開いた。
「もし絆されたとして、それが作戦じゃなくて、興味がなくなってたとしたら…」
「したら?」
「こちらはどうすればいいのかな?」
「何なに? 成瀬さん、作戦に嵌ってる人なの?」
「あ、いや。私の話ってわけでは…」
「そういう前置きしちゃうと、自分の話って言っているようなものなんだよ」
揚げ足をとるかのように口にした茂上の口元には、不敵な笑みが浮かべられていた。莉李はほんのりと顔を赤らめる。その表情に、秋葉と池原が興奮状態で「何なに?! 詳しく聞かせて!」と前のめりになっていた。
黙り込んでしまった莉李に、攻め寄る二人。側から見たらいじめでもしているような絵になっていて、見兼ねた茂上が二人を止める。止めはしたものの、自身の口は閉じることを知らない。
「ってことは、相手は会長だ」
茂上の言葉に、莉李が少し反応した。それ以上に秋葉の反応が大きく、微かな莉李の動揺はかき消される。「とうとう会長も引いてみろ作戦に出たわけだね!」再び秋葉が騒ぎ始めた。
「え、あの会長がそんなことできるなんて!」と池原が続く。
「いや、そうと決まったわけじゃないし。そもそも、そういう意味で押されてはない、というか」
「はい、鈍感ちゃんはちょっと静かにー!」
やっとのことで莉李が訂正に入ると、その言葉は無情にもすぐさま遮断された。そのまま秋葉が妄想の世界に入り込むと、便乗するように池原も秋葉のお供をする。
秋葉と池原が二人で妄想を広げているところに、「で、実際は何があったわけ?」と茂上が莉李のそばまでやってきて声をかける。少しハスキーな茂上の声が、きゃっきゃと騒ぐ二人の声に混じっても、しっかりと鼓膜を振動させ、何だか落ち着く心持ちとなったところで、莉李は控えめに口を開いた。
「……修学旅行前に、生徒会の集まりがあったんだけど」
「うん」
「その時に、目が合わなくてね……あと、声かけても素っ気なく返されて」
今までそんなことは一度もなく、でも怒らせるようなことをした記憶はないのだと莉李は小声で呟く。声色から、弱気になっていることが窺えた。
「他の人には普通に接してたから、機嫌が悪いとかではないだろうし。あ、でも、私に対して機嫌が悪かったのかもだけど……」
「でもその1日だけっていうか、その時だけだったんでしょ?」
「うん」
「なら、今度会うときは普通になってるかもしれないし」
なんてのは気休めだ。そのことは莉李もわかっているのか、茂上の言葉に頷きながらも、納得はできていない様子だった。
「さっきの…押してダメなら引いてみろ作戦ってさ」
「うん?」
「それで絆されるって、寂しいのとは違うもの? 寂しいから、その……気にしちゃうってことになるの?」
「寂しい、か」
それもあるとは思うけど、と茂上が続ける。
「そもそも、何とも思ってない人に素っ気なくされても気にならなくない? いや、気にはするけど、その理由までは考えないと思うんだよね。気づくのと、気になる、気にするっていうのはちょっと違うような気がする」
莉李は頭を捻っていた。納得できないというよりは、理解が追いつかないようだ。必死に飲み込もうとしているようで、無意識に眉間にシワを寄せていた。
珍しい莉李の表情に笑いを溢しながら、「成瀬さんは、寂しいって思ってるの?」と優しいハスキーボイスが響く。
「そう…なの、かな?」
「それは成瀬さんの中にしか答えはないよ」
「というか、あれだね」と邪魔が入らないのをいいことに、茂上の口はさらに言葉を紡ぎ続ける。
「成瀬さんは、またいつもみたいに会長と話したいんだ」
「それは、そうだね」
「毎日ベタベタ、スキンシップとられたとしても、いつもの会長がいいんだ?」
「……素っ気なくされるよりは、そっちの方がいい」
「そっか、そっか」
先程まで優しい微笑みを浮かべていた茂上の顔に、意味深な笑みが浮かべられる。はてなマークを頭に浮かべている莉李に、茂上はニヤニヤと見つめるだけで、先程までの饒舌を隠す。説明を得られなければ、何もわからない莉李は戸惑いを隠せなかった。
「これから面白くなりそうな予感だね」
「修学旅行から帰ってからの楽しみができたー!」
茂上の言葉に被せるように、すぐ隣で叫び声のような大きな声が聞こえる。
「作戦であってほしい!」と池原も秋葉に引っ張られるように大きな声を出すと、再び二人は妄想の旅へと出かけてしまった。
目の前の茂上にも、残りの二人の盛り上がりにも追いつけない莉李は、それでも最後に聞こえた池原の言葉だけは————それが莉李に向けられたものでなくても————心の中で同意した。
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