4-3 曇天

「青い空、白い雲————俺たちを待ち構えるは、京都タワー!」


 新幹線を降り、京都駅を出るとすぐ関目は空を見上げた。お世辞にも青い空が広がっているとは言い難い曇天で、今にも何か降り出しそうな雲行きだ。出発地は、前日の悪天候が嘘かのように晴れ渡っていたのに対し、雲の流れとは反対に西に進むにつれ空はどんよりとしていた。天気予報によると降水確率は低く、雨とも雪とも言ってはいなかったため、おそらくこの曇り空が続くのだろう。太陽が隠れている現在、気温以上に寒さを感じた。

 そんな中、新幹線の中で脱いだコートを、すぐにバスに乗り換えるからいいだろうと、関目はコートを手に持ったまま空を仰いでいた。見ているこちらが寒くなってしまう。

 御上りさん状態の関目には、曇天も青空に見え、寒さも感じないらしい。寒空の下でも元気に飛び出していきそうな勢いだ。もちろん、集団行動でそれが許されるはずもなく、「早く乗らないと置いていくぞ」という担任の一声で、慌てたようにバスへと乗り込んでいた。


「まずはお昼ご飯か」


「湯豆腐楽しみ」


 バスが出発するや否や、そこここで言葉が交わされる。声の雰囲気がいつもとは違い、トーンが高めなところを見ると、御上りさんなのは関目だけではないらしい。何度も確認したはずの本日の予定を、ご丁寧に『旅のしおり』を開き、一から順に声に出して確かめる。それによると、PM 1:00 頃に昼食の湯豆腐を食べ、その後清水寺に行くスケジュールのようだ。清水寺を回った後は、その周辺で買い物ができることになっていた。いわゆる自由時間である。

 新幹線は定時に到着しているので、には昼食にありつけるだろう。









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 お腹が満たされると、今度は次なる楽しみへと気持ちがシフトする。その切り替わりの早さは目を見張るものがある。休み時間から授業が始まる際にも、同じ速さを見せてくれればいいものをと、教員たちが心の中で思ってことは学生たちの知るところではない。


「冬以外ならライトアップもあるんだよ」


 目的地に到着し、景色を眺望していると、早速秋葉の口が開かれる。それに対し、莉李が興味津々といった様子で「そうなの?」と訊ねると、秋葉は嬉しそうに続けた。


「うん。春は桜、秋は紅葉も一緒に楽しめて綺麗なんだよ」


「秋葉さん、見たことあるんだ」


「ううん、ない」


「え?」


「京都初めてだもの。よく脳内旅行はしてるけど」


 それは、妄想というか、空想というか。秋葉くらいになると、旅行すら脳内で補填できるようになるのか。羨ましいような、羨ましくないような、何とも言い難いところだ。

 そんな秋葉の特技に対して、莉李が「すごい」と本心を口にすると、秋葉は満更でもなさそうな顔をした。

 空は生憎の天気で、あまり見晴らしがいいとは言えなかったけれど、それでもライトアップされた景色はさぞ綺麗なのだろうと想像できた。この時期にライトアップされていないのが残念だ。もし実施されていたとしても、明かりがつく時刻に外に出ることは許されないのだけれど。


「なぁ、早く八つ橋シュー食べに行こうぜ!」


「お前はちょっと落ち着け。あと少しでいいから風情を楽しむ気持ちを持て」


 聞き覚えのある声と、馴染みのあるやり取りが聞こえてきたかと思えば、騒いでいるのはやはり関目だった。彼に世界文化遺産を楽しむ心はないらしい。というよりかは、土産物や食い気の方が優先順位が高いのだろう。現に、食べたいものを指定しているところからみても、その辺の調査は抜かりがないらしい。


「久弥くん、そこの問題児預かろうか?」


「へ?」


「もう周辺散策言ってる子たちもいるし、私もそろそろ甘い物が欲しいと思ってたところなの」


 秋葉の言葉に目を輝かせたのは、言わずもがな関目だ。問題児発言があったことも気にしていないのか、もしくは聞こえていないのか。目先の楽しみに目が眩んでいるのだろう。誰かが一緒に行ってくれれば相手は誰でもいいのか、先程まで久弥にべったりだったのに、もう秋葉を急かしている。変わり身の早さはここでも健在だ。


「じゃあ、よろしく頼むわ」


「うん。成瀬さんはどうする?」


「私は……」


 莉李は目線を一度秋葉から外した。横目に何かを確認すると、「もうちょっと見てからにする」と断りを入れた。秋葉がその言葉に頷き、次いで同じように美桜に声をかけると、美桜は秋葉たちと先に降りるとのことだった。


 三人を見送ったあと、久弥は解放されたかのように一人のんびりと歩き出した。建物の細かい造りに興味があるのか、顔を近づけては、いろんなところを見物していた。

 班行動ではなかったはずなのに、結局のところ同じメンバーで行動する流れとなった。その中でも別々に動いてはいるのだけれど。

 莉李は少し離れたところに立っているもう一人の班員の元へと駆け寄った。


「対中くん」


 声をかけると、智也は莉李の方へと顔を向けた。近づいている際にも視線は莉李の方を向いていたような気がしたのだけれど、ここにきて初めて目が合う。

 人混みから外れたところに立つ智也の隣に来ると、莉李は「ありがとう」と切り出した。


「何が?」


「あのね、修学旅行の前に家まで送ってくれたことあったでしょ。あの時からなくなったの」


 莉李は再度お礼を口にする。それまで莉李の身に起きていた不運がなくなったことを、智也のおかげだと思っているらしい。智也があの日、気にするなと莉李に言ったことに対する気遣いかもしれない。


「別に俺は何もしてないし」


 智也としてはそれが本心で、事実で、不甲斐ない気持ちで支配される現実だった。

 それでも莉李は嬉しそうに、満面の笑みを浮かべて智也に笑いかける。


「本当に対中くんのおかげなの。弱音聞いてもらえて、すごくスッキリしたし」


「それくらい……」


 そう言いかけて、智也は一度口を噤んだ。そして、少しの間何かを考え込むような素振りを見せてから、再び口を開く。


「また何かあったらいつでも聞くから」


「何もなくても、お話しようね」


 莉李の返しが予想外だったのか、智也は目を見開き、ふっと笑いを漏らした。


「調子いいやつ」


「だって、対中くんが笑ってろって言ったから」


「そんなこと言ったか?」


「ここに証拠が」


 そう言ってスマホを出そうとする莉李に、録音してたのか?と少し焦りを見せる智也だったけれど、実際には証拠などなく、単に莉李がお茶目を披露しただけだった。そのことに気づくと、お互い笑いが溢れ、何とも長閑な午後の時間を過ごしていたのだった。



 お互いがお互いに、異なる曇り空を抱えながら———————

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