3-11 拙い

 学校から駅までの道のりを、莉李はいつもと同じ道順で帰っていた。

 学校を出て坂道を下るとすぐ大通りに差し掛かる。大通りは道幅が広く、車道を挟む歩道にはポプラ並木がどの時間帯でも陰を作った。

 等間隔に植えられた並木路を真っ直ぐ進めば駅に着く。何とも単純な順路だけれど、莉李はこの道を辿って駅まで向かっていた。

 生徒会の集まりがある日は、帰宅が夕方遅くなることもあるので、その時間帯であれば大通りは会社帰りの人の波があるのだけれど、時間帯が早いためか、まばらにしか人はいない。同じ高校の学生も散見された。


 莉李は、いつもより気持ち速めの足取りで、歩き慣れた道を進んでいく。

 莉李の内心を覗いてみると、そこは少々ざわついていた。相反する二つの気持ちと葛藤しているようだった。


 今の莉李の心には、『恐怖』の感情が半数を超える容量を占めていた。無理もない。冗談半分に言っていた『不運』が、短期間にこれだけ続けば、怯えるなという方が酷というものだ。

 不運そこには少なからずが関与していると思われたので、正直、人が多いところを歩くのは怖かった。多い、と言っても、先程も説明した通り、帰宅ラッシュと比べると少ない方だ。それでも、どこから何が飛び出してくるかわからない状況は変わらない。

 では、人通りが少ない道を歩けばいいじゃないか、と言いたくなるだろう。けれど、それはそれで安心できなかった。もし、もしも何かあった場合、周りに誰もいなければ助けを求めようとしても不可能となる。


 しかし、そもそも莉李の身に起きたは全て不注意によるものだ。不注意はいくらでも起こりうる。そう考えると、この手の不運は起きることの方が当たり前で、起きない確率の方が本来低いのではないだろうか。

 少しのズレ、少しの気の緩みでいつだって不運は生じる。不運が生じないのは、一人一人が規則を重んじているから。遵守に勤しんでいるからだ。

 改めて考えると、莉李は感謝の気持ちが胸いっぱいに広がった。これまで平穏無事に暮らせていたことに、ありがとうの気持ちが募る。そして、改めて気持ちを切り替えた。いつも以上に気を張りつつ、それでいていつも通りに生活していれば大丈夫だろう、と思うことにした————そう思うことで、どんどん侵食する恐怖を払拭しようとしていた。






 駅にはすんなり着いた。こう言ってはなんだけれど、呆気ないほどに、何事もなく最寄駅に到着した。

 北口と書かれた文字盤の下を通ると、手前には階段があり、その奥に上りのエスカレーターがある。いつもなら、上りだろうと下りだろうと階段を選択するのだけれど、今日ばかりは少し先まで歩いて、エスカレーターに足を乗せた。

 無機質に体が運ばれる。人が少ないせいか、歩いて横を通過するような人はいなかった。


 エスカレーターが終わりを告げ、莉李は改札へと歩みを進める。

 鞄につけている定期入れを手に持つと、定期券をかざして改札を通った。

 改札を通り抜けると、先程上がったばかりの階層を今度は下る。改札のこちら側は階段かエレベーターしかないため、ここでは階段を選ぶことにした。手摺り側に寄って歩いているのは、ほぼ無意識だ。


 ホームに着くと、自然と電子掲示板に目がいく。

 時計の方にもちらりと視線を走らせると、5分後に莉李の自宅の最寄駅に向かう電車がやってくるようだ。タイミングの良さに、莉李は少し気持ちが弾んだ。


 大通りの人の数と同じで、この時間帯にこの駅から電車を利用する人は多くないらしい。

 5分後に電車が来るというのに、ホームで電車の到着を待っている人はちらほらとしかいなかった。


 待ち時間が5分程度しかないので、莉李は停車場所を示すラインに向かい、誰も立っていない5号車の先頭に立ち、鞄の中に手を入れた。何だかんだで気を張っていたために、いつもの日課を忘れていた。

 莉李は鞄から一冊の本を取り出すと、挟んだ栞を取り続きを読み始めた。


 まだ電車にも乗っていないのに、家に近づいたことに莉李は気が抜けていた。

 いや、いつもの日課を遂行することで、心を落ち着かせたかったのかもしれない。

 けれど、何にせよ、その気の緩みは尚早に違いなかった。



 莉李の背後から何者かの手が伸びてきていることに、莉李は気付く余地もなかった。

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