3-3 きづいてない
3人がけの縦長のテーブルを2つずつ向かい合わせに並べ、テーブル1つにつき2つの椅子が置かれているそこに莉李たち生徒会メンバーが座していた。とはいえ、本日集まっているメンバーは全員ではなく、今ここにいるのは莉李、紫希、九条の3人だ。
紫希は一応会長なので、他のメンバーが集まって作業しているテーブルとは別に、会長席が用意されているのだけれど、今日は人数も少ないという理由から、莉李の目の前の席を陣取っていた。
「成瀬、これも頼めるか」
一枚の紙を差し出しながら、九条が莉李に声をかける。会計担当の莉李は、生徒会運営費の会計を任されているのだけれど、その前段階である費用の仕分け、使用許可の権限は九条が持っていた。なので、莉李は九条から渡される領収書等をもとに、運営費の管理を行なっているのだった。
先ほど渡された紙も領収書で、見るとその内訳は『窓ガラス代として』と記載されていた。
「窓ガラス?」
「あぁ。中校舎の窓にボールが当たったらしくてな」
「あ、野球部のですね。了解です」
校舎の管理なのだから、学校側が費用を負担する案件だと思うところだけれど、生徒会に回ってきて、九条が了承したのであれば、文句を言う必要もない。
そんなことを考えている莉李を、九条が頭を傾げながら見つめていた。先ほどの莉李の口調から、この件についてすでに知っていたように読み取れる。莉李の教室がある建物だし、耳に届いていたのだろうか、と訊ねようとしたところに、バタバタとこちらに近づいてくる足音が聞こえ、そうかと思えば次の瞬間には別の大きな音が鼓膜を振動させた。
「遅くなってすみません」
勢いよく開けられた扉に、三人が一斉にそちらに視線を送ると、そこには肩を上下させている野依が立っていた。野依は制服ではなくジャージを身に纏っている。
「今日は強制招集じゃないから、休んでよかったんだぞ」
「伝わってなかったか?」と、鞄を置こうとしている野依に九条が訊ねる。九条の問いかけに首を振った野依は、鞄から袋のようなものを取り出すと顔を上げ、九条と目線を合わせた。
「そのつもりだったんすけど、思ったより早く練習終わって。それに、終わらせときたいこともあったんで」
野依はそれだけ伝えると、「着替えてきます」と鞄から取り出した袋を手に、先ほど開けたばかりの扉を再び
「ノイくんは部活もやってて、すごいなぁ」
閉まっていく扉を眺めていた目線を元に戻しながら、莉李が独り言のように呟いた。
そんな彼女の言葉を、彼女の目の前に座って作業をしていた紫希の耳にも届き、何やら驚いた表情を浮かべている。
「莉李ちゃん、俺のことも褒めて!」
「え?」
突然前のめりに、莉李の方へと身体を乗り出した紫希が、突拍子もないことを言い出す。急に何を言い出すのかと思えば。と、そんなことを言いたげな表情を浮かべて莉李は紫希を見た。莉李だけではなく九条もまた、くだらないことを、というような顔をしていた。
そんな二人の顔色など気にしていない紫希は、至って本気だと言わんばかりに、褒めてくれるまで逃さないと目で訴えかける。
「先輩は……そうですね。先輩のこともすごいと思ってますよ」
「すごく漠然! もっと具体的に!!」
「えー……」
食い下がる紫希に、莉李は困ったように眉を下げる。莉李の言葉に嘘はなく、ただ改まって聞かれると、具体的な例はすぐには思い浮かばないもので。けれど、
「ねぇ、莉李ちゃん。俺のすごいとこってどこ?」
「一旦、持ち帰らせてください」
「えー! 何でノイはすぐに出てきたのに、俺のはないの?! ノイばっかりずるいー!」
莉李と紫希がそんな会話をしている間に、戻ってきていた野依が何事かと扉を開けたまま二人を見つめていた。そんな野依に唯一気づいた九条が、入り口に立ち止まったまま、いつもと違う表情を浮かべている野依を不思議に思い、声をかける。
「どうした?」
「え? あ、いえ……」
「?」
いつもは余計なことばかり言う野依が口籠る。様子がおかしいのは、どうやら気のせいではないらしい。
いまだに続く莉李と紫希の言い合いを流しながら、九条はもう一度野依に「どうかしたのか?」と訊ねた。二人からも九条からも視線を逸らし、下を向いた野依が小さく言葉を紡ぐ。まるで独り言のように。
「……九条先輩は、その……会長に嫉妬、というか、羨んだりとかしたことないっすか?」
かろうじて聞き取れた野依の言葉に、九条が目を見開く。
俯いている野依は、そんな九条の表情など見えていないため、何かを誤魔化すように饒舌にさらに言葉を加えた。
「それとも、先輩クラスになると、その辺の感情も悟りを開けたりとかするんすか?」
「どうした、突然。ノイは羨んでるのか? それとも、部活で何かあったのか?」
九条の言葉に野依が勢いよく顔を上げる。目線が合った九条は、人差し指で眼鏡をかけ直す仕草をした。
彼のその動作を見つめていると、眼鏡の奥からすべてを見透かされているような気になる。それが嫌な感じがしないのは、九条の性格と言い方に起因するのだろうか。
野依は黙って九条を見上げていた。
特に何かを訴えかけようとしていたわけではないのだけれど、それすらも汲み取ってくれたのか、九条は少しだけ笑って返す。
「まぁ、確かに国東を見てると、色々思うところはあるぞ。もっと仕事しろとか、もっと仕事しろとか」
「仕事してほしいんすね」
「大事なことだから繰り返しておいた」と真顔で言う九条に、それが彼の冗談なのかはさておき、野依は思わず笑ってしまう。
「目に見えてる部分が全てではないし、国東だって人知れず努力してる……かもしれないし」
その
珍しく野依が静かに話を聞いている中、九条がさらに続ける。
「努力できるのも、相当な才能だと思うけどな。ノイは十分頑張ってるよ」
「先輩…」
「それに、お前はそれを悲観せず、『自分頑張ってます』アピールはしないだろ。そういうところ、俺はすごいと思うし。だからまぁ、もし愚痴の一つでも吐きたくなったらいつでも声かけろ。生徒会引退しても、話くらいは聞いてやる」
「先輩……俺、一生ついて行きます!」
「それは遠慮する」
「えー、照れなくてもいいんすよ」
「そういうプラス思考がすぎるところもすごいと思ってるよ」
「褒めすぎっすー」
「……今のは褒めてない」
いつもの調子を取り戻した野依にホッとしつつも、それはそれで面倒くさいなと思う九条だった。
けれど、ふと目線を横に移すと、面倒事はまだ転がっている。その現実から目を逸らしたくなるところだけれど、さすがにそういうわけにもいかないと、九条はため息を漏らした。
「さて、そろそろ成瀬を解放しないと」
莉李はまだ紫希の駄々に捕まっていた。もはや、埒が明かないと踏んだ九条が二人の方へと足を向ける。
「国東いい加減に…」
そう言って、莉李に迫る紫希を引き剥がした。もちろん引き剥がしたからと言って、紫希が大人しくなるわけでもないのだけれど、それをも鎮圧するかのように九条が紫希を抑えつつ、莉李の無事を確認するように視線を移した。
「九条先輩、ありがとうござい、ます?」
莉李の言葉は語尾が上がっていた。おまけに首も傾げている。
紫希から解放された莉李は、お礼を言うために九条を見上げた。九条も莉李に視線を向けていたわけだけれど、なぜか視線が合わない。紫希を見ている風でもないし、と思っていた矢先、九条が口を開いた。
「成瀬、それどうしたんだ?」
「え?」
九条の指と目で示された方向へと目を向ける。辿るとそれは、莉李の手へとたどり着いた。
さらによくよく追ってみると、ピンポイントに目的地へと到着する。九条が何を訊ねているのか理解した莉李は、指に貼ってある絆創膏に触れると、再び視線を九条の方へと戻した。
「莉李ちゃん、指どうしたの?!」
九条の手を掻い潜り、紫希が莉李の元へと戻ってくる。それはもう一目散に彼女の手に触れ、絆創膏が貼られた指をまじまじと見つめていた。
「この前、廊下を歩いていた時にボールが飛んできて」
「これか?」
九条が、先ほど自分が渡した請求書を指差す。
その問いかけに、莉李は頷いた。
「そのボールが当たって窓ガラスが割れて。その破片で切ったんです」
「大丈夫?! 大丈夫なの?!! 傷が残ったらどうしよう! 俺がそばにいたら、莉李ちゃんを傷モノになんて……」
「会長、言い方」
いつの間にやらそばに寄ってきていた野依が、嗜めるように口にする。いつも自分が遠野に言われているような口調を真似て。
けれど、紫希は目の前の一大事に気を取られていて、何も耳に入らない様子。おそらく今は、莉李以外視界にも入っていないのかもしれない。それはいつものこと? まぁ、それもそうなのだけれど。
「窓ガラスが割れたとの報告は受けていたが。けが人がいるなんて話は聞いてないな」
「けがと言っても、大したことないので」
眉間にシワを寄せる九条に、莉李は気丈に振る舞った。実際、かすった程度で、本当に大したけがではなかった。傷口からバイ菌が入ってはいけないと、念のため絆創膏を貼っているだけなのだ。
「でも、本当に気をつけてね」
オロオロと、心配そうに莉李を見つめる紫希に、莉李は笑顔で「ありがとうございます」と告げた。
けがの功名と言ってはあれだけれど、おかげで先ほどの話は流れた模様。野依も加わり、莉李たちが作業に戻っていく中、紫希は誰にも気づかれないように舌打ちをした。
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