3 目的
3-1 聞いてない
無事、文化祭を終え、賑わいを見せていた校内もすでに日常を取り戻し、学生たちは本業である勉学に勤しんでいた。
と、言いたいところだけれど、それは1年と3年だけで、間に挟まれた学年は気持ち半分に授業を受けている者が大半を占めていた。その理由は、彼らには次なる行事が待ち構えているから。文化祭が終わって間もないわけだけれど、行事というものは重なるものなのだ。
次なる行事————そう、それは修学旅行だ。
「じゃあ、あとはクラス委員の進行で各項目決めていってくれ」
そう口にするのは、面倒くさがりを代表したような担任だ。彼は教壇を空けると、教室の最後部へと向かい、余分に置かれた椅子へと腰を下ろした。
それとは反対に、空いたスペースに二人の学生が上がる。
「では、まず班決めから。各々5〜6人の組を作って、紙に書いていってください。あ、班長も忘れずに」
「班は男女混合になるように。決まらない場合はくじにしますので」
このクラスでは、困った時の決定権は全てくじが持っている。けれど、今回はそれに頼ることがなさそうで、皆すでに決めていたかのように、それぞれがグループを作っていっていた。
これで男女の人数がうまくばらけたら、そのまま宿泊先の部屋割りも決められるという魂胆を秘めた担任が、後ろから眺めていた。そんな考えなど頭の片隅にもない学生たちは、どんどん集合体となる。
莉李もすでに美桜と、そこに秋葉が加わったグループを形成していた。そんな彼女たちの横で、智也も二人の男子学生と集まっていた。彼らは、文化祭の準備期間から仲良くなったようで、最初はとっつきにくかった智也の素の部分を知り、意気投合したのだった。
「対中といえば、成瀬か?」
智也の横にいた男子学生が、二人を交互に見ながら突拍子もないことを口にした。
その場にいた学生を含め、名前の上がった二人も目を丸くし、驚きを隠せない。
「あれ? 違った? でもお前そう言ってたじゃん」
全く悪気がないかのような口調で、発端を起こした彼————
けれど、関目の言葉はさらに周囲の混乱を招いた。誰一人として、『そう言っていた』という内容に身に覚えがないからだ。
誰からも反応がないことを不安に思ったのか、関目が同意を求めるように一人ひとりに視線を走らせる。けれど、皆考える姿勢に入っていて、誰一人として目線が合わない。————と、ここで、秋葉が何かを思い出したように顔を上げた。あのことか! と口から出そうになった言葉を、顔いっぱいで表現する。
そのことに気をよくした関目が智也の方を向き、得意気に智也の口調を真似た。
「『お前がそばにいればいい』だろ?」
「は?」
彼の言葉に、智也の表情がさらに怪訝さを増す。
関目の声は思った以上に大きかったので、近くにいたクラスメイトたちが何事かと視線を寄せた。それにはさすがに恥ずかしさを感じたのか、関目が赤面して俯く。そんな関目の様を見て、秋葉たちが同情の念を抱いた。この場合、関目にというよりは、智也の肩を持つ者ばかりだったことは、関目には内緒だ。
「俺、そんなこと言った覚えないけど? それに、修学旅行なら大丈夫だろ」
「?」
「よくわかんないけど。もういいじゃん、このグループで」
照れ隠しも入っているのか、関目が早口で言葉を綴る。
関目に助け舟を出すわけではないけれど、彼の案に反対意見を述べる理由も、述べる者もいなかった。そうして、無事ここに一つの班ができたのだった。
「班長はお前な」
「え、何でだよ」
言い出しっぺがその手の役を担わされるのはよくある話で、そう言われた
班長もすんなりと決まり、修学旅行に向け、気持ちが浮き足立つ莉李たちなのであった。
***
「というわけで、2年が修学旅行から戻ってきたら、生徒会メンバーの入れ替えが行われる」
「え……」
文化祭後の反省会を終え、九条がさらりと重大発表を行ったところで、一番驚いていたのは例に漏れず会長だった。
「国東…それは何に対する驚きだ?」
「え、どっちも?」
「どっち、も? 少なくとも、メンバーの入れ替えについては予め報告しておいたはずだが?」
九条が眉をひくつかせながら、座っている紫希を見下ろす。
そもそも、現在九条が担っている任に関しても、本来であれば会長である紫希が行わなければならないところを、ご存知のとおりの怠惰で仕方なく九条が代わっているというのに。
それに加えて、この惚けようときたら……と、九条は肩を落とした。
「3年は毎年、文化祭までの任期なんだよ。でも、文化祭が終わったらすぐ2年が修学旅行に行くため、交代はそのあと……って聞いてるのか?」
「修学旅行ってことは、その間莉李ちゃんと会えない。それだけじゃなく、帰ってきてからも会える時間が減るってこと? え、何そのシステム……おかしい。絶対おかしい! 誰か嘘だと言ってぇぇええ!!」
謎の言い分を口にしながら騒ぐ紫希の相手をする者など、
けれど、今回は様子が違ったようで、一瞬目が合った野依を捕まえ、
「ノイ代わってよー!」
と、駄々をこねるように言った。
「いやですよ。俺だって楽しみにしてるし、何より先輩は去年……って、あれ? 会長って去年のいつからいましたっけ?」
「誰か代わってくれる人を探しに……」
「おい、やめろ」
野依の話など聞かず、今すぐにでも出て行きそうな紫希を止めたのは九条だった。捕獲したまま、問答無用で会長席へと座らせる。その後、何かしら相手をするわけでもないのだけれど、席を立つ素振りが見られない紫希を確認すると、九条は話を進めた。
「来期も決め方は同じなので、例年どおり選挙もない。その辺は負担が少なくていいところだとは思う。あとは、各々引き継ぎに徹してくれればいい」
「副会長と一緒に生徒会やれるのもあとちょっとなんすね…」
「ノイ、心配しなくても最後までみっちり仕事させてやるぞ?」
「あ、そういうんじゃないっす。間に合ってるっす」
哀愁に浸ろうとしていた野依を阻止するかのように、九条の一言がストレートに突き刺さる。
そんなやりとりもまた微笑ましく、生徒会室に笑い声が響いていた。
もちろん、一人を除いて……
「先輩?」
「やっぱり同じ学年にしてもらうんだった……もしくは先生っていう手もあったんじゃ……」
莉李の声かけも聞こえないかのように、紫希は椅子の上で膝を抱え、自分の世界に閉じこもる。
独り言のように呟かれる言葉は、あまりに小さく、耳まで届かない。
「先輩、ミーティング終わったのでもう帰りますよ」
さらにそばに寄り、肩を叩いたところで、やっと紫希と目が合った。合っている、と言っていいのか迷うほどに、その目は虚ろとしていたけれど。
「修学旅行……莉李ちゃんが編入生くんと一緒の班で、二人の仲がどんどんと…」
けれどまだその口は止まることなく、謎の言葉を発し続けていた。
距離が近づき、こちらを向いている言葉を何とか聞き取ることができた莉李は、「先輩、また職権濫用ですか?」と、呆れた様子で口にする。
「えっ」
「え?」
莉李の言葉に、驚いた表情をする紫希。
そんな紫希の顔を見た莉李も目を丸くし、首を傾げた。紫希の反応に、以前話したことを忘れているのだろうか、と莉李はそんなことを考えていた。とても些細な会話内容だったため、覚えていなくとも不思議ではないのだけれど、その点に関して、紫希の記憶力はすごいということも莉李はしっかりと覚えていた。もっと他のところにその能力を発揮すればいいのに————と思う反面、実質、彼の成績は申し分ないものなので、そんなことは言えずにいた。
なので、このことも覚えているのだと思っていたし、そうであれば紫希が驚く理由は何なのだろうか。と、皆目検討もつかない莉李は彼を見つめたまま、不思議そうに頭を捻る。紫希は紫希で、何か言いたげに
「莉李ちゃん、それって……」
「そこの二人、さっさと帰る支度をしろ。鍵閉めるぞ」
と、口を開いた矢先、紫希の言葉は九条によって遮られた。
九条に急かされるように鞄を取り、立ち上がろうとする莉李の腕を紫希が掴もうとしたのだけれど、それすらも九条に阻まれる。
そのまま有無を言わさぬといわんばかりに引っ張り上げられ、生徒会室を追い出された紫希は促されるまま、帰り道が同じメンバーと帰路を共にし、聞きたいことを聞けずにいた。
「まぁでも、そんなこともう関係ないけどね」
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