2-8 向かう先、それは一点に重なって
「確認だけど、本当にいいんだよな?」
「うん」
解散しようと言ってから数分が経過した現在。野依が後ろ髪を引かれるかのようになかなか足を動かさない。莉李に背を向けるたびに振り返り、同じ言葉を繰り返していた。
「副会長が、ってのが嘘で、成瀬このあと一人で見回りするとかじゃないよな?」
「こんなところで、そんな嘘つかないって」
真剣な表情で言葉を発する野依に、莉李がおかしそうに笑う。野依は面倒くさがりなように見えて、意外と責任感が強いのだった。あ、意外と、というのは失礼か。
それはさておき、莉李の目の前で頭を抱えながら葛藤と闘っている野依を見つめながら、莉李は再度顔に笑みを浮かべる。
「よし、じゃあ私が先に移動する! そしたら、
「え?」
「あ、もしあれなら見送ってくれても…それなら確実だよ?」
「いや、そこまで信用してないわけじゃ」
「じゃあ、決まりだ」
莉李は笑みを浮かべる。その顔を見た野依は、呆気にとられたような、口を開け、間抜けとも言える表情をしていた。そして、莉李の策にまんまと出し抜かれたことに気がつくと、軽く目を閉じ、一つ息を吐くと自嘲気味に笑った。
「成瀬も大概、成瀬だよな」
「? どういう意味?」
「ううん、ありがとな。……って成瀬、時間大丈夫?」
野依が左腕を上げ、腕時計を確認しながら莉李に訊ねる。その言葉に誘導されるように、野依の時計を見せてもらった莉李が目を見開き、急に慌て出す。
「間に合うとは思うけど、急ぐね!」
時間的には問題はなかったのだけれど、普段と違って多くの人で溢れている校舎を、人を避けながら歩くとなると、いつもより時間がかかることが予想された。それに、途中で何かしら問題が起こらないとも限らない。と、ここでその話題に触れるのはフリか。もしくはフラグを折りにきたのか。何はともあれ、早く向かうに越したことはないし、そろそろ本当に野依を解放しなければ、と思う莉李なのだった。
「じゃあ、楽しんでね」
「成瀬もな」
手を振り、野依に背を向けた莉李が歩き出す。そんな莉李の姿を少しだけ見つめていた野依も、すぐに踵を返すと、自身も目的地へと足を踏み出した。
***
一方その頃、紫希も急いでいた。
走り出したい気持ちを抑え、目的地へとただただ足を向かわせる。
彼が目指している場所はただ一つ。しかし、その目的地は動くものであり、どこにいるのかは定かではない。配布されているスケジュール表も、今となっては何の役にも立たないということを紫希は理解していた。
けれど、紫希は確信があった。そこにいてほしいとは微塵も思わないけれど、それでも考えられるのはそれしかない。だからこそ、それを阻止するために紫希は急いでいるのだった。
「会長だ」
「お一人ですか?」
廊下を歩いているだけでかけられる複数の声。
蔑ろにすることもできず、けれどいつもよりは素っ気なく対応する。いつもと違うことに気付かれない程度に。
「ごめんね、ちょっと急いでるから」
それでもしつこい人には、眉を下げ、こう言えば大抵は離してくれた。
けれど、そんなわずかな時間さえもおしい紫希にとって、それらは全て邪魔としか感じない。
「この色にするんじゃなかった……」
何となくカッコ良さそうだったから、という安易な理由で選んだ赤い髪色は、気に入ってはいたものの、今日ばかりは煩わしく思えた。もっと目立たない色であれば、と髪色が目立つせいで声がかけられるのだと信じて疑わない紫希。彼も大概、天然が混ざっているのだろうか。
ここにきて新たな疑惑が浮上した紫希は、まだ髪色に想いを馳せる。もっと暗めの……と考えに耽っている中、自然と浮かんでくるのは彼女のこと。
「そうだ、莉李ちゃんと同じ黒髪に……」
そんなことを妄想しながら角を曲がろうとした矢先、人影が目に飛び込む。
間一髪のところで、紫希も相手側も立ち止まったため、何とか接触は回避することができた。
妄想しつつも急いでいる紫希は、軽く謝罪の言葉を述べ、一刻も早く立ち去ろうとしたのだけれど、
「国東?」
と、聞き慣れた声が鼓膜を震わせる。
「……」
正直、顔を上げたくなかった。何より、今ここで彼に会うのは不本意以外の何者でもない。
「こんなところで何をしているんだ? アヤはどうした?」
紫希の懸念などお構いなしに、目の前の人物が言葉を発する。 “アヤ” というのは遠野のことで、彼をそう呼ぶ人間は紫希が知っている中で、幼なじみの彼しかいない。
「わぁ、九条だ! こんなところで会うなんて奇遇だね」
顔を上げるのと同時に表情を一変させ、いつもの呆気らかんとした笑顔を浮かべる。
声の主、目の前の人物はやはり九条で、呆れたような、先ほどの言葉の通り「何をしているんだ?」と言ったような目で紫希を見つめていた。
その表情もすぐに崩すと、九条の気が緩む。
「そんなに身構えなくても、止めたりせんよ」
九条の言葉に、紫希は目を丸くする。それは演技というよりも、本当に驚いているかのような空気を纏っていた。
「そろそろ耐えきれなくなる頃だと思ってな。解放してやろうと来たんだが……お前の辛抱の方が切れるのが早かったみたいだ」
「何それ……初めからそのつもりだったんなら言っといてよ」
皮肉まじりにため息をつく九条に、紫希は驚いた表情のまま、否、こちらの方がため息をつきたいくらいだと言わんばかりに呆れた表情を浮かべる。
「遠野に変な伝言残しちゃったよ」
「? 言っておいたら、お前もっと早くサボってたろ」
「……ノーコメントで」
そう口にして九条から目を逸らす。こういうところはなんとも素直で、わかりやすいタイプなのだった。
「そういえばさっき、体育館の方に向かう成瀬を見かけたぞ」
「有難いような、有難くないような情報をありがとう」
やはりか、と紫希は苦虫を潰したような表情を浮かべる。
けれどそれも一瞬のことで、すぐに九条の方へと視線を戻すと、
「というか待って。何で九条が先に見つけちゃうの?」
なんて訳のわからないことを言い出す。真顔でそんなことを言う紫希に、九条は鼻で笑って遇らう。
「見つけるも何も……偶然見かけただけだ」
「ていうか何で止めなかったの?! ていうか莉李ちゃんが職務放棄するなんて…そんな俺みたいな……」
何を堂々と……と言いたくなるところをグッと堪える。そもそも、その点についての自覚はあったのかと、驚きを隠せない。自覚があるならば放棄するなよ、と次から次へと出てくる文句を呑み込んでいると、出会した時と同様に、紫希がそわそわし始めた。
「て、九条の相手している暇はない! 早くしないと間に合わなくなる!」
「別に急がなくても、成瀬には会えるだろう。おおよそ行き先もわかっていることだし」
「だからじゃないか! 彼女には
紫希の言葉に九条が首を傾げる。
そんな九条の様子を気にすることなく、紫希は言葉よりも先に足が動く。
「とにかく俺、急ぐから!」
挨拶もそこそこに、引き止められる前に移動を試みる紫希だったのだけれど、数歩進んだところで振り返る。特に止める気もなかった九条は、先ほどの言葉の不可解さに頭を捻っているだけだったので、彼が自ら止まったことに、少しだけ目を丸くする。どうした? と声には出さず、目で訴えかける。
「あ、そうだ。遠野が一人だから行ってあげて。きっと喜ぶから」
「?」
「じゃあ、良い文化祭を!」
それだけ言い残すと、今度こそ紫希は振り返ることなく消えていった。
最後まで訳のわからない言葉を残していったことに、九条は頭を抱えながら遠野の元へと向かうのだった。
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