2-7 雲行き、曇りのち……

「目線はこちらにお願いします!」


「あ、遠野先輩もっと会長に寄ってください」


 いろんな方面からかけられる声に、すでに諦めの境地にいる紫希と遠野は、大人しくその言葉に従う。

 数分前に着ていた衣装とは別のものに身を包み、各人で撮っていた写真も、現在は二人で一緒にポージングの指示を受けていた。

 衣装はどんどん変わる。もちろんそこに二人の意思はなく、渡されるものをただただ能動的に着せられているのだった。

 ちなみに先ほどまで二人が着ていたのは、紫希はギャルソン、遠野は執事のような衣装。紫希は長袖のシャツに黒のスキニー、腰掛けタイプのウェストエプロンを纏っていた。遠野は、ベストを中に着たタキシードに、どこから持ってきたのかアフタヌーンティセットを持たされていた。

 そして各々、紫希はシャツを二回ほど捲るように、遠野は『おかえりなさいませ、お嬢様』と言ってくれと騒ぎ立てられていた。紫希への要望はともかく、遠野のそれは写真を撮る際には全く意味を為さないと言えよう。衣装を着て写真を撮ることがメインの出し物であるため、本来そんなサービスは含まれていない。それでも、あまりに似合う彼らの姿に、要望はどんどんとエスカレートしていた。


 その後着せられた衣装は、いわゆる新撰組を連想させるもの。二人ともカツラまで被らされ、慣れない長い髪を揺らしながら青い法被に身を包む。これまでは、自分たちで着られるものばかりだったのに対し、和装はさすがにそうはいかない。何より、着るだけでもとても時間がかかり、そのことが紫希をさらに辟易させた。


「大丈夫?」


 彼女たちの指示で、そばに寄ってきた遠野が紫希に声をかける。距離が近づいたので、あくまで小声で。

 元々遠野の方が高い背も、椅子に座らせられている紫希の横に立つと、さらに見下ろす形となり、紫希の顔をよく見てとれた。声をかけたのは紫希の表情が曇っていることもあったのだけれど、それよりも先ほどから頻繁に時計を見ていることも気になっていた。


「……大丈夫、ではないよね」


 色んな意味で、と付け足された言葉に遠野が首を傾げる。

 大丈夫ではない理由の一つは言わずもがなであり、遠野自身もその件に関しては紫希に同意であるため、何の疑問も持ち合わせないのだけれど、それ以外にも何かあると言うのか。それが時間を気にしている要因になっているのだろうか。その気がかりが、生徒会の仕事ではないということだけはわかる。

 では一体、その要因とは何なのだろう。


「こういう時に、ってのも言い方が変だけど。国東が散漫なのも珍しいね」


 呆気らかんとした口調で遠野がそう口にする。何をどう見れば珍しいのかと、ツッコミたくなるところだ。どうやら紫希も少々驚いたようで、の場所へと視線を向ける遠野の方へと振り返る。もちろん目は合わない。紫希は遠野と目線が合わないまま、視線を向けていたのもほんの一瞬のことで、気付かれないようにそっと視線を元に戻した。


「成瀬ちゃんのことかな?」


 さらに声を潜めて囁かれた言葉に、紫希は少しだけ目を見開く。もう遠野の方へ視線は走らせない。彼が今どんな表情をしているのか、紫希はその雰囲気だけでそれを感じとることができた。そして、それを背中に受けながら、紫希は小さく笑った。


「わかってるなら話は早い」


 紫希の言葉にかぶさるように、「撮りますねー」と声がかかる。

 その掛け声とともに二人は自然とスイッチを入れると、顔をキメた。

 シャッター音が多方面から鳴り響き、フェードアウトするかのように段々と静かになっていくと、その音が一切聞こえなくなったと同時に紫希が勢いよく立ち上がった。


「営業終了です!」


 宣言するように大きな声を出した紫希に、新たな衣装を持ってきていた女子学生たちは呆気にとられる。

 その表情に、若干の良心が痛みながらも、紫希はもう我慢ならないと言わんばかりに、人目も憚らずに服を脱ぎ始めた。


「え、ちょっと国東?!」


「遠野も早く」


 焦る遠野に、紫希が早く着替えるように促す。

 焦っているのは遠野だけではない。色んな意味で動揺している女子学生たちに遠野は謝罪の言葉を述べつつ、着替えに手こずっている紫希を引っ張り、更衣室として使っている空き教室へと入った。


「一体どうしたの?」


 紫希の指示に従い、自身も着慣れた制服へと着替えながら、遠野が声をかける。

 横目で見えた顔は、先ほどまでの暗い表情ではなくなっていて、それ自体はいいことだと思いながらも、今度は何だか急かされているかのような、焦っている空気を醸し、何だか手も覚束ない。


「なんとしても阻止しないと!」


「?」


 あまりに不慣れな脱衣に、見かねた遠野が手を貸す。

 自分の方が後から着替え始めたというのに、紫希よりも早く終わってしまったのだった。

 おまけに、紫希はシャツを腕に通しながらよくわからないことを言うではないか。彼の発言が理解できないのはいつものことではあるけれど、いつもと様子が違う。

 けれど、まずは着替えが先だと思っていた矢先、遠野のおかげで衣装から解放され、制服のズボンを履き終えた紫希は、学ランを手に持つと、


「じゃあ!」


 と、急ぎ足に部屋を出ていく。


「え、ちょっと! どこ行くの?!」


「ごめん、説明はまた今度。あとは任せた!」


「任せたって……ゆっくんに怒られるよ!」


「遠野が怒られといてー!」


 目を丸くする遠野を置き去りに、紫希は風のような速さでどこかへと消えていった。


 現在 PM 3 : 00———

 文化祭終了まで、あと3時間。


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