2-5 喜と憂が混ざり合う祭へ、いざ

 秋晴れ、という言葉がしっくりくるような快晴。

 そんな晴れやかな空と同じように、昨日までの慌ただしさも消え、学内はいつもと違う雰囲気を帯びていた。華やかに飾られた正門に一歩足を踏み入れた瞬間から、お祭りは始まる。

 そして、学内の雰囲気だけでなく、ここにいる人々もまた気分が高揚していた。


 飛び交う楽しそうな声。それは、在学生だけでなく、文化祭を楽しむために訪れた人々の声も含まれる。中には、普段は見られないような子供たちの姿も散見され、各クラスの催しも盛り上がりを見せていた。


野依ノイくん」


「何?」


「これ終わったら、部活の方顔出しに行っていいよ」


「え?」


 莉李の言葉に野依のよりが目を見開く。

 文化祭当日の生徒会の役割は、主に見回りだ。毎年二人一組でその任を果たしている。

 今回、莉李のペアは同学年で書記の野依だ。ちなみに、ペアの選び方は毎年違うのだけれど、今回は全て九条が指揮を取り、組み合わせから見回り範囲まで全て彼が決定していた。

 もちろん、莉李とペアになれなかったことで、紫希が文句を言ったことは容易に想像できる。それも全て見越した上で、紫希にだけ前日まで連絡されなかったとかなんとか……


 そんなわけで、ペアで動いている彼らにとって、その片方が抜けるということは職務怠慢ということになるため、莉李の発言に野依が首を傾げるのは頷けた。


「もしかして、この後会長と合流する?」


「え?」


 野依の言葉に、今度は莉李がキョトンとした表情を浮かべる。

 それは図星を突かれたというよりも、全くもって予期していなかったという様子だ。

 莉李は驚いた顔のまま首を振る。


「あ、違うよ。九条先輩がね、午後ちょこっとだけフリーにしてくれたの」


「え、副会長が?!」


 先ほどよりも一層驚きの色を見せる野依に、莉李は小さく笑った。

 仕事優先の九条が、そのような気を回してくれるなんて、というようなことを言いたげな表情を浮かべる野依を前に笑いを堪えられない。


「先輩曰く、『来年の方が大変だろうから、今年のうちに色々楽しんでおけ』だってさ」


「どうしよう、俺……今なら副会長に土下座できる」


「あはは。それ本人に言っちゃうと、本当にさせられそうだから、気をつけてね」


「確かに」


 二人揃って、本人を前にしては言えない話を笑い話として語る。

 これも、この時間帯であれば、九条のペアは自分たちとは離れた場所を回っているということを知っているからできること。

 今頃、くしゃみでもしているのではないかとどこまでも呑気な様子だ。


「え、でもそしたら成瀬はどうすんの?」


「私は、自分のクラスの劇を見に行こうと思ってるよ。ちょうどその時間帯でね」


 きっと、九条はそれも加味した上で時間を調整してくれたのだろう、と本当にどこまでもできた人間なのである。

 その気配りや仕事ぶりは、全くもって脱帽だ。


「俺、副会長のこともっと尊敬するわ」


「うん。見習いたいよね」


 二人は頷き、より一層自分たちに課せられた役割を全うしようと決意したのだった。




 ***




 時を同じくして、莉李たちが回っている校舎とは別の棟では、紫希と書記3年の遠野がペアとして回っていた。

 ここでも、学生をはじめ来訪者が笑顔を見せている中、ただ一人紫希だけは不愉快そうな表情を浮かべている。


「……もうやだ」


「あはははは…」


 駄々を捏ねるような口調の紫希に、遠野は困ったように笑った。

 困ったように、というのは紫希に対しての感情ではなく、今自分たちが置かれている状況に対してだ。


「次、こっちお願いします!」


 そう言いながら、手に違う服を持った女子学生が迫ってくる。

 服を今まさに脱がんとしようとしていた紫希は、あからさまにため息をつく。についてから、何着着せられたかわからない。ちなみに、現在の二人の衣装は『書生』だ。そう。いわゆるコスプレをさせられているのだった。

 どうやって準備したのかわからないけれど、今までに着せられた衣装は全て手作りとは思えないほどの出来栄えで、遠野が被っている帽子も、売り物と遜色ないほどの物だ。

 もちろんそんなことに二人が感動しているわけもなく、この場をいかにして抜け出すのか、ということしか考えていない。


「あのね、申し訳ないんだけど……俺たちも仕事が…」


「その件に関しては!」


 申し訳なさそうに断りを入れようとしていた遠野の言葉を食い気味に遮ると、目の前にいる女子学生が一枚の紙を差し出す。


「九条先輩から、この通り許可をいただいております」


 そう言われて、二人は彼女が持つ紙に近づく。

 とはいえ、近づく必要もないほどに大きな字で『好きに使ってくれ』と書かれているだけだった。


「これって……」


「やられたね」


 その一文だけで九条の思惑を把握した二人は、揃ってため息をつく。

 そうだとわかれば、紫希と遠野がペアになった時点で、このエリアに回そうと思っていたに違いない。そして、この後の予定が他のペアよりもルーズなことに、ぬか喜びしていた紫希の出鼻を挫くことに成功したわけだ。

 紫希は九条の声が聞こえるような気がした。『成瀬のところに行こうとしていたんだろうけど、そうは行かない。抜け出せると思うなよ」と。


「君の幼なじみどうにかしてよ」


「ゆっくんには敵わないからなぁ」


 乾いた笑いをする遠野に、紫希はぐうの音も出ず、再びため息をついた。


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