3 蒼牙村

蒼牙村そうがむら神桜村かんざくらむらから少し離れた場所にある。そこへ行くためには、迷ノ森まよいのもりを通るか、蒼社あおしゃを通って行くかしかない、とても行きづらい場所だ。

蒼社は無猫の神社だ。

かつては星神ほしがみに仕えるものが守っていたが、星神が処刑された今、守る者はいない。故に今行くとすれば、だんぜん蒼社だ。迷ノ森で、迷って下手に時間を取られてはかなわない。と、いうことで

「蒼社に行きたいんだけどね」

僕らは地図とにらめっこしながらため息をついた。僕らは目下、蒼牙村に行くスタート地点である蒼社に行くために道に迷っている最中である。

「こうなったのはユウのせいだからね。」

僕はユウに最大限の怨念を込めた目線を送る。

「だから何だ。」

ユウが平然と言う。こいつの自信は何なんだろう。まぁ僕もユウが地図を読めないこと忘れてたから、僕も悪いんだけどさ。

「ちょっと待っててね。あんまり使いたくはないんだけど情報能力?を使うから」

ビビがそう言ってくれた。ありがたい。

そうだ、ここで説明しておこう。ビビの能力は情報を操る能力で、密偵とか諜報系に向いている。だから今は蒼社にここから行くためのルートを脳内で検索してくれているんだよ。すごいよね。

「できたよ。行こう」

ビビに言われた。これでやっと行けると思うとすごく安心した。

そして、、、、。


「やっと着いた~」

蒼社は、若葉の茂る木々に囲まれていた。そして,丁度本殿の建つ部分に木漏れ日がさしていてとても幻想的な雰囲気だった。少し怖い印象を受けたからかビビが後ろで震えている。でも僕は、廃墟になって少し怖い印象を受けることも、幻想的だと思わせた一つの要因ではないだろうかと感じていた。とにかくそこは完璧な神域ともいうべき場所だった。桜社おうしゃも完璧な神域だと思ったが、春の陽気に包まれた桜社と違い、蒼社は草木などの夏の爽やかな蒼に包まれていた。もう何年も猫が入っていないという事実に驚くほどだった。

「圧倒されすぎだ。もういくぞ。ここはあくまで通過点だ。」

ユウが僕とビビの顔を見て呆れ半分で言う。

「そうだね、行こうか」

知らず知らずのうちに小さい声で言っていた。それくらいこの静寂な空気を壊してはいけないと思ったからだった。

それからしばらく歩いた。蒼社の神域は意外と広かった。でも不思議と疲れや辛さは感じなかった。むしろ爽やかな空気に清々しく、気持ちが良かった。絶え間なく樹海のように広がる緑が、夏の暑さを遮断していた。遠くで木漏れ日が幻想的に光る。ふと、ユウがそれを見てこう言った。

「覚悟しろよ。」

その妙な気迫に思わずゴクリと唾を飲む。そして、その木漏れ日が廃墟と化した蒼牙村であることを否応いやおうでも悟ってしまった。急に鼓動が早まり、足取りが重くなっていく。言葉にするなら、「死への恐怖」そんなところだろうか。猫明様ねこあかりさまが失敗していたら、もし結界が猫明様の制御できるものでなくなっていたら、、。

そんなマイナスな考えが頭をよぎっていく。、、、、、震えが止まらない。

どうしようもなかった。戻りたくて仕方がないけど戻れない。戻ってしまったら、もう一生ここには来れないとどこか思っていたからだった。あと一歩。あと一歩。そのたびに心構えをして歩くことで、どんどん時間が浪費されていく。でも、その時間が今の僕には必要だった。その時間がなければどうにかなってしまいそうだったからだ。ふと、ビビの気配が無くなった、、、。恐らく極度の恐怖による気絶ってとこだろう。ま、いっか。ここはなにかとビビが居ると面倒だから。あまり騒がれても疲れるし。


「通り過ぎたけど何もないな」

ユウが唐突に呟いた。ちょっと何言ってるのか一瞬分からなかった。

「へ?」

僕が言うと、

「だから、結界を抜けたんだよ。ここは蒼牙村だ」

ユウが言った言葉に驚いた。そして、ビビが気絶したことに少し感謝する僕がいた。それを察したのか

「着いたの?」

とビビが言った。僕は思わず笑いながら

「そうみたいだよ。」

と言った。ビビの顔と僕の顔には安堵の笑顔が映っていた。その顔を見て少し微笑んだユウがいた気がしたのは僕の幻想かもしれないと思った。ユウは冷たいし嫌味で嫌いだけど、こういう時の優しい微笑みはすごく綺麗で好きなんだけどな、なんて思ってしまう僕がいるのも事実だった。



「廃墟の蒼牙村の気分はいかが?ここも結構いいところだと思うのよ」

不意に誰かがそう呼びかけた。ここには誰もいないはずだった。

僕ら以外は誰もいないはずなのに。なぜ背後から声がするんだ?ビビが小さく悲鳴を上げた。『こわい』僕はそう思っていた。ユウの気配も一瞬にして鋭いものに変わる。僕らは恐る恐る後ろを振り向いた。そこには、、、、。





「こんにちは」

その猫が僕に向かって言った。その敵意のない優しげな声に、ユウは若干鋭い気配をとく。僕は恐る恐る、

「あの、、、。君は?」

とその猫にきいた。もしかしたら、という気持ちがあったのかもしれない。

「私?ナミ、だけど」

とその猫、ナミは不思議そうに言った。なんで不思議そうにしているのかが僕にはわからなかった。だって僕らの目的が見ただけでわかるとか有り得ないもん。猫明様じゃあるまいし。

「なんで不思議そうなの?」

僕は思い切ってナミに聞いてみることにした。すると、

「だってここに居るってことはなんか特別な猫なんでしょ?」

ナミが言った。僕は、自分がどうなっているかなんて正直分からないから

「さぁね。どうなんだろ」

と言った。するとナミは少し怪訝けげんそうな顔をして

「どうせセイでしょ」

と言った。僕は内心、なんでばれたんだろうと焦った。けれど、そこで気が付いた。僕らはセイから依頼されたのにも関わらず、ナミの姿を教えられていないことに。

だから僕は見ただけでナミさんだってわからなかったんだ。

「セイの妹のナミさんで合ってるの?」

僕は最終確認としてナミに聞いた。僕は自分で知る術があるにもかかわらず、その方法で知ろうとは思わなかった。なんでか聞かれても分からない。なんでだろうって自分でも思ってるから。すると、

「そうだね。元々はそうだったかも」

ナミはそういった。その口ぶりはまるで、今は違うと言っているかのようだった。僕はその仔細しさいを知ろうと能力を使った。なぜか知らなくてはならないという衝動に駆られた。ご存じの通りナミの経歴を本にした。すると、

【ナミ、つい先ほど家族とのつながりを切った者。】

と出た。だからはっきりとした答えが出なかったんだ。僕はそう思った。僕には家族はいない。だけどユウもビビも家族みたいなものだ。だから分かる。それがどれだけ悲しいことで、どれだけ寂しい状態かを。だからこそ、だと思う。僕の視界が白んでいったのは。その他にもなんだか息がしずらくなって苦しかった。何でだろう。

ふと僕を見たナミが驚く。そして、

「は?!な、何でそうなるの?!」

なんて言いながら焦っていた。僕は、なんでナミが焦っているのかわからず、ただただナミを眺めた。僕の手に何かが落ちたのと、ナミが、

「なんで急に泣くの驚くでしょ?」

と言ったのがほぼ同時だった。僕は、その二つの情報からようやく自分が泣いていて、それが理由でナミが焦っていることにも気づいた。何で泣いてるんだろう。なんか泣かされるようなことされたっけ。

『ナミは今、悲しい状況にあるんだね』

ふとビビがそう言った。その言葉で気付いた。

『僕、ナミが可哀想だなって思ったから泣いたのかも』

なんかそう思った。実際はどうか分からないけど。それに可哀想って思われるのがその人にとってどれだけ辛いことかもわかっているのに。もしできるのなら、もし僕にできるのなら、僕は、、。

「連れ戻されるの嫌だよね。なら、セイが嫌な理由だけでも教えてくれないかな?  僕がセイにナミを諦めるように言えるように。」

僕がそう言ったとき、ナミは心底驚いたという様子で僕を見た。そして、何かを言おうとしてやめたかのように口を開けたり閉じたりした。それから

「話して分かり合える事ってあると思う?」

と僕に問いかけた。その様子は本当に切実だった。僕はハッと息をのむ。ナミは静かに微笑んでいた。その姿は本当に、、、綺麗だった。そしてナミは語った。








私の母は、村一番と言われるほど美しい人だった。その姿はよく水に例えられていて、本当に洗練された雰囲気を持つ人だったと私は覚えている。その母が毎日欠かさず行く場所があった。それは綺麗な洞窟で、母曰ははいわく、私の家の人しか入れないという場所だった。母は毎日そこに一人で行っていた

けれど、ある日、何を思ったのか私をそこへ連れて行ってくれた。その時母は、私に巫女さんが着るはかまのような、綺麗な紺碧色こんぺきいろのものを着せて、洞窟の中央にある扉まで歩いて行った。洞窟とは言っても水はなくて普通に歩いて行けたのではなかったかと、淡くではあるが記憶している。母は私をその扉まで連れていって、

「危ないからね。ちゃんと母さんの言うとおりにしてね」

と、優しく言って、扉に手をかざした。その瞬間、水が現れて扉が開いて、そして私たちは扉の中へと綺麗な水に押し流された。扉の後ろには何もなかったはずなのに、いつの間にかそこは崖の上だった。怖かった、死ぬかと思った。でも母は水を軽く手で操って見せた。幼い私には”凄い”という感想しか出なかったけれど、よくよく考えてみるとそれって普通の猫ではできない事なんじゃないかと思う。

さて、扉の向こうには桜の咲く大きな屋敷があった。この世のようでそうではない、そんな冬に狂い咲く桜。そんな場所で、母は慣れた様子で水を操り、その屋敷の門の前までいき、門番の、私と同じような恰好をした二人組に、

雨久花みずあおい雫海なみです」

と告げると、門番の人たちは母に頭を下げ、

「どうぞ」

と言った。なんで母が頭を下げられているのか不思議だったけど母が行ってしまったのですぐに忘れてしまった。そうして私と母が屋敷の中へ入ると、、。

雨久花みずあおい!会いたかったよ~!」

と、屋敷に生えている桜と同じ色の着物を着た人が唐突に母に飛びついた。私が驚いて母の後ろに隠れると、その人はすぐに気づいて、

「おっ!雫海なみちゃんだっけ。初めまして、虹鞠こまです。」

と言って私に笑いかけた。その笑顔は私の母にも負けず劣らず綺麗だったし、その人はとても輝いて見えた。もちろん母のほうが輝いていると思ったけれど。でもその人と母は、綺麗は綺麗でもちょっと違うように感じた。あの時庭で一緒に遊んだ子は虹鞠こまさんの娘さんで、夏芽なつめという女の子だった。虹鞠こまさんに似た綺麗な子だった。もう一度会うという約束は今も守れないでいる。

そして数年後、両親は陰謀によって殺され、私はあの洞窟で不思議な男の子に出会った。







「ちょっと待って!一個聞いていい?」

僕は一つだけ気になったこと、というか聞かなければならないことを見つけナミに焦って聞いた。

「なに?」

ナミが僕の焦り具合に何か察したのか身構えるのを感じた。

「ナミのお母さんの名前って、、?」

僕がナミにそう聞くと、ナミがなんだそんなこと、というように、

「ミズキだけど。」

といった。これで確定してしまった。信じたくはないけれど。

「ナミ。事情が変わった。すぐに来てくれない?話さなきゃいけないことがある。セイと一緒にね。」

ナミが何かを悟り頷く。僕たちはすぐに神桜村の猫の探偵社に向かうことになった。


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