2 依頼についての困りごと

「あのー。ここ、猫の探偵社で間違いないよな?」

と、その依頼者は言った。測りかねる。

この依頼者はどういう猫なのか、皆目見当がつかない。

いつもなら大体はわかるのだが。ここはあいつに頼るしかないか。悔しいがあいつのが一枚上手だ。あいつ...ポコは一目見ただけで相手の素性を図鑑のような本にする能力を持っている。

『ポコ。お前の能力でこいつの素性を暴けるよな?』

俺,ユウは脳内でポコに話しかける。すると、

『別にいいけどさ、本っ当にいつも人使い粗いよね!』

とポコが怒って言ってきた。気にしなくていいだろう。だから何だ。放っておこう。気にするだけ時間の無駄だ。それに、人使いではなく猫使いだ。ちゃんと言えないなら言うなよ。

「間違いないんだよな?」

また依頼猫が言った。言葉使いが荒い。声が大きい。五月蠅いうるさい。これだから接客は嫌なんだ!深海まで行きそうなくらい深い溜息をつく。切り替えよう。せいぜい掌の上で操ってやろうか。そう思ったら少し楽しくなった気がした。さて反撃といこう。

「だったら何だ」

俺は言った。少し冷たく聞こえたかもな、、。まぁいっか。すると

「ん?あんたがポコ?なんか聞いてたドジっていうよりは、何でもこなしそうな感じだな。」

と、依頼者が不思議そうに俺を眺めた。なんだ?その視線は。

「あぁ。俺はユウだからな。」

と、俺は言い切る。それはそうだ。俺だからな。あいつとは違う。そこでポコが言った。

『こいつ、猫明命様に言われた客だと思うよ。猫都から来た、名前はセイ。元の出身は猫都じゃないみたいだけど、由緒正しい家の出だって』

と。測りかねたのはそこか。まぁいい。楽しませてもらおうか。

「お前の名前と要件はなんだ。」

俺は言った。少し苛ついていた。

「俺か?名前はセイ。要件は...。まだ言えない。」

セイは言った。こいつ。ポコが来ないと言わないつもりだな。面倒だ。ならば

「ちぇっ。名前だけか。そのくらいもう知ってる。探偵舐めんなよ。」

と、できるだけ感じ悪く呟いた。すると案の定、

「なんだよお前っ!それ本当に客に対しての態度か?!」

と、セイは今にも殴り掛かりそうになりながら言う。ほー。なかなかに楽しませてくれるじゃないか。そうだ、久し振りに「俺」以外の一人称で行くか。少しはふざけても誰も怒らない。いや、怒れない。

「僕は謎解き係、いわゆる社軸の探偵だ。接客は面倒だから苦手でね。だがポコがいないからな」

俺は、

『こんなことも分からないのか?』

と内心思いながら言った。すると、

『ねぇユウ。そろそろ変わるからガード外して?』

とポコが言ってきた。見かねたらしい。それともこの楽しさに気づいたか?

ちなみにガードとは、3匹全員が持っている精神をコントロール下に置く力のことだ。

『いいけど』

俺は言った。すると、

「なるほど。ポコが接客係をやっているのか?」

とセイが言った。何に納得しているんだ、と思ったら、それと同時にポコが

『じゃあ』

と、俺からガードを奪った。



「そうですよ。僕、ポコが接客係です。」

僕はユウからガードを奪うとセイの前の椅子に現れた。セイから見たら白猫が座っていた場所に黒猫が一瞬にして現れるんだからびっくりしたろうな♪実際は?見てないから知らないよ。さぁ今日も始めよう。迷宮を箱庭に変える一仕事を。


「さて。ご用件をお伺いいたしましょうか」


そこでセイが語ったのは、物語でしか起こらないものだと思っていた話。不思議な”迷ノ森まよいのもり”の水の神が住む一集落だからこそ起こった。悲しき家族の物語。




俺は、多分お前らも知らないような山間の集落の出身で、水龍神が住むと伝わる村だった。そこのおさは古いしきたりにこだわって、罪猫つみねこの子は忌むべき者として、村を追い出していた。だけど、ある日。村に猫喰いが現れた。猫喰いは一晩で村の半数の猫を喰っていた。その中には、俺の父親も居る。父親が喰われた日から母の様子がおかしくなった。いつもは一日のほとんどを家で過ごしていた。そして、よく笑った。まぁ明るかった。けど、母は、家に俺と妹が起きている時間には帰って来なくなった。そして、一度もあの後に笑うことはなかった。さっきも少し言ったけど俺には妹がいた。ナミといって、かわいらしい猫だった。すごくしっかりしていて俺は何回ナミに助けられたかわからない。そんなある日、ついに母は帰って来なかった。けどその代わり、朝起きたら俺とナミは“忌み猫”になっていた。つまり、母が何かしたんだ。それ以外に考えられなかったから。しきたり的にもな。俺らはしきたり通り村を追われた。その時の気持ちは忘れることはない。ただただ許せなかった。母のことが許せなかった。憎かった。俺らは数日間、迷ノまよいのもりを歩いた。途中で食料が底をついた。それでナミに、「待ってろ」って言って食べられるものを探しに行った。だけど、場所は迷ノ森。俺は文字通り迷って、ナミのもとには戻れなかった。それで、ナミは先に森を抜けているかもと信じて、俺は必死で迷ノ森を抜けた。そこにあったのは猫都びょうとで、俺は拾ってもらった大店おおだなで働いた。その最中もずっとナミのことを探してた。けど見つからなかった。それで、番頭さんに聞いたら神桜村かんざくらむらの猫の探偵社。特にポコというドジな猫がすごいって評判だよって言われてここに来た。ナミがいなくなったの、3ヵ月前とかそんなもんなんだけどな。また会えたらいいなんて思うんだよ。                                                                





「それは大変でしたね」

僕は、さっきビビが淹れてくれた美味しい紅茶をセイと自分のカップに注ぎながら言った。ちなみに脳内ではビビが僕に紅茶の淹れ方を必死で教えてくれている。そうじゃないと僕、淹れられないし。飲む専門だから。

「心当たりは?」

僕は真面目に言った。すると間髪入れずに、

「人間界しかない」

セイはそう言った。ん?人間界って言った?まさかね。あんな膨大な猫の中からは探せない。というか、探す気力が起きない。聞き間違えかジョークかな。それにしても質悪いジョークだな。

「冗談ですよね?」

僕は言う。だとしたら、本当にたちが悪いけど。

「至って真面目だけど」

、、、もっとたちが悪かった。僕はしばし固まる。人間界の猫の数を舐めるなよ。何匹いると思ってるんだ。新猫都しんびょうとの最新機器でさえその数を把握できていないんだぞ!無謀すぎる。

『あーーーーーーーっ!』

心の中で泣きながら、怒りながら叫ぶ。嫌な予感したんだよ?フラグだった!ちょっといったん現実逃避。僕が現実逃避をすると本体は下を向いて固まる。それを引き受けた、そう、頷いたなんて勘違いするような単純な奴はいな、、、

「そうか!ポコって言ったか?ありがとうな!お前優しいな!じゃあまた明後日な!」

セイはそう言って去っていく。、、、

単純な奴がここにいたぁぁぁぁっ!




「おいっ!何してくれたんだよポコ!」

と、ユウが珍しく激しく怒っている。こんなに取り乱したユウを見るのって久しぶりだなぁってぼんやり思う。あはは。もう乾いた笑いしか出てこない。

「ポコ、あの人間界の膨大な猫の中からどうやって探すか目途はたってるんだよね?」

とビビがやさしく言う。本当に優しい。僕はこんなことをしたっていうのに。もっと怒ってくれていいんだよ?こんな時は。もういいや開き直っちゃえ。

「立ってないよ当ったり前じゃん!」

と僕は胸を張ってこたえる。思った通りビビは少し引いたようだ。

「そ、、、そこまで自信満々でいうのもちょっとあれだけど、、、、ポコ、、依頼受けちゃって平気なの?」

ビビが心配そうに言う。目が可哀想なものを見る目なのは無視しよう。

「え、、、、、受けてないけど」

僕の現実逃避が二人に炸裂。二人とも深いため息をついた。そして二人の顔が引きつっているように見えるのは僕の気のせいだと納得する。

「セイは明後日来るって言っていたような気がするが気のせいか?」

ユウが蔑みの目を僕に向けながらそう冷たく言い放つ。この冷血動物め、と心の中で毒ずきながら

「気のせいじゃないよ。どうしよう」

と僕は半泣きで言う。

「どうせ書庫にあったりするんだろ?調べられるもの」

ユウに突き放すように言われる。そういうのが一番地味に傷つくってことを知らないのか?ユウはさ!でも一応、

「探してみる」

僕はそういうと本棚に向かって手をかざす。僕が本棚に手をかざすと本棚は光に包まれて、その光が収まると僕に検索結果が届いた。

「うんっ!ないっ!」

僕は自信満々でそう言った。何で自信満々なのかはわからない。

「ポコ、、、、ど、、どうするの?!」

ビビがあたふたしながら言う。そうだ!

「セリだよ!あいつならきっと如何どうにかしてくれる!」

僕は幼馴染でこの村唯一の神主兼巫女であるセリの名前を出した。すると、

「セリちゃんは僕らと違って忙しいからあんまり頼るとかわいそうだよ」

ビビがなだめるように言った。ちぇっ。僕はいつもセリに手伝わされるから代わりに使ってやろうと思ったのに。ちょっと悔しい。すると唐突に

「なんてうのセイの妹」

とユウが如何いかにも不機嫌そうに言った。正直なところ

『いや、そんなに不機嫌そうに言われると逆に言いたくなくなるんだけど。』

って思ったけど、置いといて

「えぇっと、、、、ナミ!ナミだ!」

僕はね、えらいからちゃんと覚えてたん

「カンニングをするな。覚えていればいいだけのことだろう」

ユウが言う。それを覚えられないのが僕なんだよ⁉

「まぁいい」

ユウが呟く。なんか馬鹿にされた気分。でも怒る気が失せた。何でだろう。

「ナミなる者海辺の町に佇む。」

ん?『星ノ谷ほしのや伝説第三十五巻三章猫喰い』に確かそんな一節が。でも

「海辺ってどこ?」

僕は言う。純粋な疑問。

「それは分からない。」

ユウが言った。えー。意味ないじゃんわからなきゃ。思わず言いそうになった。あぶね。

「だが少しはしぼれただろ?セイの話が本当ならナミが消えたのは3ヵ月程前だ。猫の足で歩いていくんだぞ。海辺の町と言っても近くの海辺だ。」

ユウが言う。ここ。神桜村かんざくらむらは人間界でいうところの関東平野の奥の山だと聞いたことがあるから、、、、、?

「要するに夜露村よつゆむらのゲートの東京湾か蒼牙村そうがむらのゲートの湘南か、そのどちらかだ。」

ユウが面白くなってきたというように、にやけながら言う。しかし一つ問題が。夜露村は夜露姫、すなわち夜神に仕える夜・夢の住人でなければ入ることができない。というか、あそこは猫番地という別次元の世界のさらに別次元にある村だから結界がものすごく強力だ。逆に蒼牙村の場合は主の神がさきの乱で処刑され、未だ誰も入ることができない。喰い殺されてもいいなら入れるけどね。まぁ端的に言うとどうしようもないのだ。それに今回は3日間というタイムリミット付きだ。

「この場合有力なのは蒼牙村だな。ナミに何らかの力があればすぐに入ることができる。」

ユウが言った。確かにねぇ。僕も東京湾と湘南どちらがいい?って言われたら湘南にするもんなぁ。ちょっと論点が違うけど。

「でも、僕らは入れないよ?あお様じゃなくて、八重様、猫明命ねこあかりのみこと様だもん。蒼牙にかみ砕かれて終わりだよ。」

ビビが言う。本当にその通りだ。蒼牙は痛いと夜紅蒼桜の擾乱よくそうおうのじょうらんの記録に書かれているんだから。生き証人が言っているんだから。絶対味わいたくない。

、、、そうだ、なんで蒼牙にかみ砕かれるのか言わないとね。それは158年前に遡ります。まだ今の猫明命様が巫女だった時。夜紅蒼桜の擾乱。世に言う蒼牙の乱が起こりました。その乱を中心になって起こしたのは八重姫こと猫明命様の実の兄と姉、星神 蒼と紅神くじん 紅麗あかり。その二人は乱の終幕に処刑されました。それ以来、主のいなくなった蒼牙村と神紅村しんくむらは立ち入れなくなったのです。めでたしめでたし?正確に言えば入ることはできます、入った瞬間に蒼牙と紅技によって殺されるけど。だからかみ砕かれるのです。というわけで、

「どうしようね」

僕は言う。

猫明様ねこあかりさまは何も言ってなかったの?」

ビビが言う。

「そうだったら悩んでないでしょ」

僕は素直に言った。だって本当にそうだもん。

「だが、猫明様が何らかの方法を知っていることは確かだな」

唐突にユウが言った。

「なんで?」

僕は聞く。ユウは

「この案件は猫明様が持ち込んだと言っても過言ではないからな」

と言った。そういえばそうだったような気がする。すっかり忘れてた。

「でもどうやって聞くんだよ」

僕は言った。そうだよ!猫明様はなんだかんだ言ってあっちからしか連絡をよこさないもん。すると、

「電話にリダイアル機能があることを覚えていないのか?」

ユウが厭味ったらしく言ってきた。僕はハッとして、

「すっかり忘れてた!そういえばそんなもんあったね~」

と世の中便利だなぁと思いながら言った。ユウがため息をつく。

「いやいや!別にいいじゃん!そんなくだらないこと覚えてるユウのが問題だよ!」

と、僕は弁解したけれどユウは僕の事を蔑むように見ていて本っ当に恥ずかしかった。しょうがないだろ、この冷血動物って正直思った。本当はね。すると突然。ジリリリ!!!とけたたましく電話が鳴った。

「はい。猫の探偵社です。」

気が付くとビビが電話に出ていた。

「ポコに代わってくれる?」

と、声の主は言ったようだ。あくまで推測だけど。

「はい、ただいま。」

と、ビビは言った。嫌な予感と良い予感が混ざった様な不思議な予感がして胸騒ぎがした。

「は、はい、、、、。か、変わりました、、。ポコです、、。」

僕は、すごく緊張して噛みながら言った。すると、、

「こんにちは。猫明命です。つまずいている様なので、本当は言いたくないんだけど、村に入る方法を言います。」

なるほど、嫌な予感の理由はこれかと思いながら、ところどころ突っ込むべきところがあるなと思いながら、自分が納得していることに違和感を感じた。

「教えていただけると幸いです」

と僕は言った。頑張ったよね?成長したでしょ。この僕が猫明命様にちゃんと敬語でこんなこと言ったんだよ?前の僕だったら有り得ない。

「入る方法は。私の補佐をしている飛鳥あすか邑希乃ゆきのの下につき見習いとなる事です。できるよね。」

猫明命様は言った。意外と簡単なことだった。

「僕だけですか?」

僕は言う。だって一人だけとかずるいでしょ。みんなもやれって感じじゃない?すると、

「3匹全員だよ。当たり前でしょ?」

と言ってきた。それが何だかは分からなかったけれど、まぁいいか、ユウを巻き込めるなら。と思ったから

「いいですよ」

と言った。すると

「じゃあもう入れるから。精々頑張りな」

と言われて、気が付いたら電話が切れていた。今の出来事が一瞬過ぎて何が起こったのかうまく理解できないまま、電話が切れていた。僕は受話器を持ったまま立ち尽くす。結局僕たちから電話をかけていないことにはあとで気付いた。正直に言うと、ちょっと一回掛けてみたかった。しばし社内に空白の時間が流れる。

「行ってみるか」

おそらくユウがそう言った。その声に僕とビビは静かに頷いた。















※設定や出来事などの名称は近況ノートで説明していけたらなと思っています。

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