第12話

 

 龍騎と冒険者の男が街へ戻ってから一夜明け、二人は子どもたちを連れず白と金を持つ少女が居るという孤児院に向かっていた。


「なあ、昨日聞いた話ってほんとにほんとか?」


 何度も同じ質問をしてくる冒険者の男、洋平にため息と肯定を返す。


 依頼を受けた拠点の街から今いる街に戻ってからずっと洋平は龍騎に聞いた話を繰り返している。白と金を併せ持つ者について何を知ってる。洋平はこの問いに答える言葉を何も持っておらず、龍騎は迷いながら話せる限りの全てを洋平に話した。


 白と金を併せ持つ者の意味。少女を拐うならば遥と琉斗を連れていけない理由。


 伝えた通りの行動をしても龍騎の隣を歩く洋平は何度も龍騎の言葉を疑う。信じられない、と。


「だったら自分の目で確かめろ」


 呻く洋平の背を強く叩く。勢いに負けて踏み出した一歩が敷居をまたぐ。


 きゃあきゃあと騒ぐ子供の声に龍騎は目を細める。子供の騒ぐ声は酷く苦手だった。


 洋平の跨いだ敷居を越えて視線を上げる。大きな十字を掲げた白い建物。育てているのか蔓性の植物が一階部分に侵食しかかっている。管理が行き届いているとは思えない建物。


 神を信奉するこの場所に例の少女が居るのは偶然か。そんなわけがない。


 騒ぐ子供に連れられて建物の中から腰が曲がった小さな妙齢の女性が出てくる。


「おやおや、冒険者さんですか。この場所に何用ですかね」


 洋平の格好を見て妙齢の女性は深く頭を下げる。今は依頼を出していないはずですが。物腰柔らかな口調に洋平は慌てて姿勢を正し、龍騎は視線を揃えて柔らかく笑った。


「すみません、教会が目に入ったもので。お祈りをさせていただけないかと足を運ばせていただきました」


 柔らかく伝えられた言葉に警戒の色を見せていた女性は途端満面の笑みを見せて龍騎の手を取り上げる。


「まあまあ! そうでしたの。どうぞどうぞ、うちは孤児院も兼ねておりますので静かではありませんが」


「問題ありませんよ、最近は教会も減ってきていますから。困ったものです」


「本当にねえ」


 笑い合い、手を取り合って進んでいく二人を洋平は慌てて追いかけた。


 女性は龍騎の手を取り礼拝堂まで案内するとうやうやしく頭を下げて二人の傍を離れる。そんなに信心深かったっけ。洋平の問に龍騎は目を細めた。あり得ない、二度とそんなことを言うな。今までと違う明らかな威圧に洋平は一度息を詰め、すぐに吐き出した。


「だったら何でここに入ったか教えてくれよ」


「……俺たちは神が嫌いだし、相手もそうだろうよ。それが自分の領域に入ってくれば監視か迎撃には来る」


 ほら。龍騎が振り返ると礼拝堂の椅子の一つから白色が揺れて現れる。


 ぴょこんと頭を覗かせた小さな少女は大きな金色の瞳を細めて笑うとぱたぱたと足音を立てて龍騎たちに近寄り無邪気に見上げる。


 龍騎がわずかに足を引くのを見ると遥よりも小さな白髪の少女は視線を洋平へと移して勢いよく頭を下げた。


「はじめまして! 竜の人さんとふつうの人さん!」


 その呼び名に洋平が驚きの声を溢れさせ、龍騎は変わらない無表情で金色の瞳を見下ろす。


「はじめまして、神の子。どいつもこいつも良い目を持たされてるな」


 子供に向ける言葉、口調じゃないだろう。洋平の言葉に龍騎は顔色を一切変えず、龍騎に冷たい言葉を下された少女は笑顔のまま龍騎へ向けて一歩を踏み出す。踏み出され近づく距離の分龍騎は足を下げる。怯えるようにも見える彼の動きに思わず洋平は少女へ話しかけた。


 名前は何て言うの。差し障りのない言葉に少女は首を傾げる。


「神の子が名付けられていることはない。お前の言う『普通の人』が隣町でお前のことを監視したいそうだ」


「ちょ、ど直球に伝えすぎだろ!」


「うるさい。誘拐するつもりだった人間が何を言ってる」


「うわあ! 全部言うなよ!」


 少女が金色の瞳でじい、と龍騎を見上げる。少女の視線に気づいた龍騎は眉を寄せて嫌悪を顕にする。


「んー。今日はばいばい?」


「そうだな、今日は無理か。二度と会いたくはないけどな」


「なあちょっと、俺を置き去りにしないでほしいんだけど」


「だいじょーぶ、普通のおじちゃん。また会えるよ」


 少女が笑いながら駆けていくのと入れ違いに龍騎を案内した女性が歩み寄る。飛び跳ねるほどに喜ぶ少女を不審そうに見つめ、何か粗相があったかと龍騎へ向けて尋ねる。呆けた冒険者よりも困ったように、だが穏やかに笑う男の方が頼りに見えたことだろう。洋平は慌てて立ち上がり膝を叩いた。


「いいえ、元気の良い子ですね。お祈りも済みましたので私たちはこれで。ありがとうございました」


「神は貴方の来訪をいつでもお待ちしていますよ。神のご加護を」


「ええ、貴方にも」


 教会の女性に見送られた帰り。「不機嫌です」 そんな雰囲気をあからさまに纏う龍騎へ洋平は話しかけられない。


 無愛想なのは日常だった。依頼を受けているときも、報告しているときも、作った笑いや無表情しか目にしなかった。それが、あからさまに不機嫌だ。彼が竜であることを知らず、かつ、仲が良ければからかいながら状況を聞き出してやれるが彼は人ではなく竜。その気になればきっと街一つ程度綺麗に消えてなくす事ができる。


 今は「訳あって」人に協力をしてくれているが。


 ふと洋平はその歩みを遅めた。その存在を知り協力はしているがそういえば、その目的は一切を知らされていなかった。


「おい、置いていかれたいのか」


 歩みが遅ければ声をかける程度には思われている自分ならば聞いて応えるだろうか。


「なあ――」


「俺は人の味方じゃない。お前たちが知らない方が良いことも喋るぞ」


 洋平の口調に無愛想な表情に戻った龍騎がそれでも聞きたいならばと言葉を続ける。


「あー、じゃあ、あの子についてだけ聞きたいかな」


 彼が人に与する理由。それを聞く勇気はなかった。


「あれは神が目を掛けて生まれた人の子だ。神の力の一端を持っているから、教会の人間は躍起で集める。聖女とか言われるのが居るだろう」


「聖女様もそうなのか。え、あ、ちょっと納得したんだけど童話でよくある『聖女様が竜に攫われる』ってまさか本当?」


「お前らが『神』と呼ぶそれが俺たちは嫌いだ。憎いと言い換えても良い。攫いはしない。消えてもらうだけだ」


「あの子、竜に狙われてんの?」


「もう少し育って力が強くなればそうだな。依頼なんて無ければ」


 あの場で。龍騎が歩きながら淡々と告げる言葉。洋平は空を仰ぐ。知らないことばかりだ。


「あのオーナーは全て分かっている。俺が今の話をすることも分かっていてお前を連れた。お前は人だろう。国の人間があれをどうするかをよく見て誰につくか考えると良い。神は誰も守りはしないからな」


 足を止めた洋平を気遣うことなく歩く龍騎は洋平が視線を落とし戻したときにはもう宿に戻る道を曲がり姿も見えなくなり、明るい日向を嫌う彼は既に街角の影に入っていた。

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竜と少女 つきしろ @ryuharu0303

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