第8話
呼び出されたのは寄合所のカウンターの奥にある冒険者を取り仕切るオーナー専用の執務室。机の上から溢れた書類は机の下に落ち、来客用に備え付けられているであろう机を間に挟み込むようなソファーの上には仮眠用と思われる毛布がかけられている。
この男が使っている仮眠道具ではないだろうが。龍騎は前を見据えた。せっせと毛布を端に寄せたオーナーがソファーへ座り、向かいを指して龍騎たちに座るよう促す。我先にと勢いよくソファーへ座った少女、遥が隣を強く叩いて入口近くで立ちすくむ琉斗を呼ぶ。怖くないよー、と子供を諭すように。龍騎は遥たちの座ったソファーの後ろに控え、立ったままオーナーと向かい合う。
「警戒、威圧しているのは一体どちらなのでしょうね」
からりとオーナーが笑い、机の上に散乱する書類を滑らせるように床へと落とす。これがお願いしたいことです。床が汚くなった代わりに綺麗になった机の上に置かれたのは一枚の白い紙。形式張った書き方をされた紙を遥が拾い上げ、流れるように頭上へ持ち上げる。
龍騎が紙を取り上げ、頭の一文を読み上げる。昇格申請。内容には昇格の概要とどのランクからどのランクへの昇格を望むのか、推薦者は冒険者組合内の誰か、昇格する本人たちの意思はあるのか。昇格するに当たっての規約と推薦者の署名欄に昇格希望者の署名欄。推薦者欄には既にオーナーの名が入っている。
「破ってもいいか」
「残念ながら。今回の一件もそうですが貴方がたが『ついで』で高ランクの依頼を終わらせるのはなかなかにこちらの都合が悪いものでしてね」
今回、カウンターに居た受付の女性が騒いだのも然り。そうでなくとも同じ組合の中で仕事をする部下たちの中でも噂が広まり、噂には尾ひれが付き、別の町へと広まっていく。それがいくら根も葉もない噂だとは言っても事実、最低ランクの冒険者である龍騎たちは『子連れ』で高ランク冒険者達の請け負う依頼をこなしてきてしまう。
消えた噂はまた湧き上がるように現れ、また消しては湧き上がる。
根本から巻き込まれないようにするための方法は一つ。最低ランクでなくなればいい。
にっこりと。胡散臭さすら感じる笑顔のオーナーに、龍騎は小さく首を振った。
「上が下を統制するのも手だろ」
「ふふ、これは手厳しい。ごもっともなご意見です、が、私たちは貴方に頼っているばかりではないことをお忘れなきよう」
竜の姿を隠し、冒険者をしていることを世間に決してバレぬよう、そして湧き出た噂を全て潰しているのは自分たち、組合の人間であり、その恩は常に重なっていっていることを忘れるな。
言外の言葉とわずかに感じる威圧。
この場で敵対してまで断る理由を探し、龍騎はチラと視線を下へ下げた。
龍騎を仰ぎ見ていた青い瞳はわずかに細められる。
「――試験というのは?」
敵対したくないならば受けても構わない。遥の視線からそう感じ取った龍騎は紙を遥へと手で渡し戻した。
「お話が早くて助かります!」
わざとらしく手を叩き、急な物音に琉斗が肩を跳ねさせる。
「名目上『試験』を受けてもらいますが、貴方たちにとっては何ということもないでしょう。一人、こちらが指定する人間を連れてとある依頼を遂行してください。誰も欠けることなく依頼を完了した時点で昇格を認めましょう」
護衛をしろということか。龍騎の問にオーナーはまさかまさかと首を振る。大事な賓客でもある貴方たちにそんなお手は煩わせません。
昇格試験は受けさせるが? 龍騎の言葉を一切聞くこと無く、オーナーは言葉を続ける。
「依頼内容は単純かつ、とても最低ランクの冒険者には任せられない案件です。実は最近、少女が誘拐されたという事件がありましてね。その事件を追い、少女を助けてきてほしいのです。供として付けるのは『人』からの情報収集に長けた人間です。貴方がたにはない力を持った人は役に立つでしょう?」
人を嫌う竜に、関わることを嫌う少女。そして一人、新たに加わったのはおそらく人に詳しくない人間。
かりかり。龍騎が返事を返す前に紙へ文字を書きつける音が響いた。
少女が自身の名を紙へ書きつけ、そのままオーナーへと突き返した。
「やれば良いんでしょ?」
あまりにあっさりと書き殴られた文字にオーナーは一瞬あっけにとられ、すぐに笑みを貼り付けて頷いた。
では、準備もあるでしょうから依頼は明日から。部屋は部下が案内します。
書類を確認したオーナー自ら扉を支え、一人の大人と二人の少年少女を見えなくなるまで見送った。
机の上に置かれたままの書類。
推薦者には自分の名を。そしてもう一つ書かれた名前。
「貴女のことだ。きっと私ならどうにかすると思っているのでしょうが……、偽名も考慮いただきたかった」
昇格希望者欄には少女の名前が間違いなく記載されていた。
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