第2話
「酒は駄目だ」
酒瓶を両手に抱えた少女を見つけ、男はその手の中から酒を奪い取った。成人の半分程の年で何を飲もうとしているんだ。身体が壊れる。
「体は小さいし、酒は飲めない。何しろっていうのよ」
「小さいなりにママゴトでもしたら良いんじゃないか」
だいたいどこから持ってきたんだ。男の問いに少女は部屋のベッドに座ったままニッと笑う。貴方の袋に入っていたの。小さくて大きい方にお酒とおつまみといっぱい。見ればつまみは既にいくつかを食い散らかされた跡がある。いくら清掃が入るとはいえ汚し過ぎではないだろうか。気にしない性格なのは嫌すぎるほど分かっていたが、自分の持ち物も狙われるのは想定外だった。
男は中身が減ったであろう革袋を取り上げると外套の中でベルトへくくりつけた。どれだけ食べたのか朝食は要らないと笑った少女はベッドから飛び降りて男の隣に並ぶ。
「今日は何を受けるの?」
「……そうだな、何が良い。昨日は手伝いみたいだったから今日は討伐でも良いぞ」
「やったあ! 強いのいると良いわね!」
ととと。軽い足音。元々女ということもあり重鎧は全く似合わない姿だったが、袖のない服に裾の広がったボトムスは荒くれたちの視線を集める。
男と共にいることを知っている荒くれたちは余程少女に手は出さないが、何人かが事情を知る施設職員に止められているのが見える。
当の少女は壁に貼られた紙束を目一杯視線を上げて見つめている。首を痛めそうだ。男が少女を持ち上げると当たり前のように片手を男の首に回してバランスを取る。壁にはられている紙は様々だ。真新しいものも有れば長くはられて紙の端が黄ばんでいるものもある。少女が見ているのは総じて古く貼り続けられた紙。
そのうちの一枚を指され男が片手で黄ばんだ一枚を取り上げた。『角兎の狩猟』 多少鍛えているだけで狩れそうな獲物だがこれで満足なのか。声をかけようとした男は少女が見ているもう一枚の紙を見て納得した。それは真新しい紙。空を飛ぶ飛竜の群れの狩猟。場所は最初に取った一枚にほど近い。
「これで良いんだな?」
同じ場所であれば飛竜の依頼も受けられるが。
少女は短く、いい、とだけ言う。
依頼の紙をカウンター先の女性に渡すと署名と引き換えに、小さな割札を渡される。依頼を受けた証だ。完了時には割札の片割れを依頼主から受け取り完了となる。
適当な荷物を揃え、街の外に出ると少女は男の手を引いた。
「歩いていくつもりじゃないでしょうね」
「別に隣町であれば歩いていけるだろ。それに、小さい町であれば今のお前でも歩いて」
「歩く気分じゃないの」
「……じゃあ、少し離れてくれるか。踏み潰しそうだ」
踏み潰すという言葉に眉根を寄せつつも距離をとった少女を確認し、男はその場に屈み手を地面へ付けた。
めきめきと音を立て男の身体が変質し、人の居ない村を焼き尽くしたときと同じ竜の姿に変わる。少女が寄れば姿勢を下げ、翼を地面につける。少女が背中に乗ったことを感じゆっくりと空へ上がればやはり少女は嬉しそうに声をもらす。
少し身体をひねれば少女は無残にも地面に落ち、命を落とすだろう。
少し地面に目を向ける。人の歩く街道は小さく、街道の左右には深い森。森の中には多くの動物達と多くの魔物達。身体の大きな者は竜を見上げるも気にも留めずに日常へと戻る。
ばさりと空を叩き、少し高度を上げる。
人が超えるのに半日ほどを要するであろう山も、空を使えれば然程時間もかからない。
ならば空をも制そうと今でも人は奮闘しているらしい。自分の姿を認めて慌てて高度を下げる空の魔物たち。人の力はまだ地に足を付けられる場所でなければ魔物達に敵わない。
きっと悠々と空を飛べるのももうあと何十年か、百年と少しくらいだろう。人は執念深い。今は上手くいかなくても挑み続け、空も移動手段とする。
「もう着くわよ!」
背中から聞こえた高い声。ゆっくりと速度を落とす。拠点としている町から山を一つ越えた先の小さな町。小さいながらもしっかりと塀に囲まれた場所から少し離れた場所に足を下ろして姿勢を下げる。翼を滑り降りた少女が離れたことを確認して人の姿になるとやはり不満がげな少女。
「貴方はもう認知されてるじゃない」
竜の姿を。
少女の言葉に隠さず眉を寄せた。
「人に懐いた竜と思われるのはごめんだ」
「だから。もうそう思われてるでしょ、国に」
「……。非常に不本意だと伝えておこう」
「王女様はお好みのタイプだったかしら?」
空から見えた町に向かい足を進め始めた少女は男を見上げる。男は行く先をただ見据え、口を閉じている。不満そうに唇を尖らせた少女。
整えられていない地面に根ざした樹の足に気づかず、少女の姿勢が前のめりになる。まもなく差し出された大きな手が地面へ落ちようとする少女を拾い上げる。男は無言のまま少女を抱き上げていた。
不機嫌だ。少女は何も言わず、ただ抱き上げられたまま街の門をくぐった。
「まあ綺麗な人だとは思うが。なぜお前がそれを気にする?」
男の無表情が移り、少女は無言になりただ前を見据えた。
少女を片手に、男は腰にくくりつけた革製のポーチから一枚の古びた紙を取り出した。今回の会の依頼内容と依頼者の情報を詳細に記している。依頼を出されたときから随分と時間が経っている。角兎の被害が未だあるものか、依頼内容に変化ないか、確認が必要だった。
不意に男は自身の長い髪を軽く引かれた。
「腹でも減ったか」
声をかけるが返事はない。おい。男が視線を向けるが少女と視線は合わない。
「ごめん」
少女から聞く初めての言葉だった。何に対しての謝罪なのか。意図を図り兼ねた男は少女を地面へ下ろす。
依頼者の家はもう目の前だった。
依頼者は女の名前をしているが、冒険者への依頼に理解ある人間だろうか。
扉を叩くと返事もなく扉が開く。男の視線の先には誰も見えず、だれですか、と幼い声が下方から聞こえ男は心のなかでだけため息を吐いた。
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