CARシステム
神崎ひかげが扉を開けると細身の男が待ち構えていた。エンプティである。
「ようこそ、神崎ひかげさん。この素晴らしき世界へ!!」
エンプティは大声で叫ぶ。四方が十メートル程度の広間で仰々しく振る舞うこの男は、自身の胡散臭さを隠すつもりも無いようだ。
エンプティはスマホを手に取り操作した。そこから漏れだしたのは、神崎ひかげがよく知る声であった。
「助けて、ひかげちゃん。」
神崎ひかげは全身が沸騰するのを感じた。感情が肉体を支配する。
「お前は触れてはならない者に手を出した。許さない。」
「彼女の身の安全は保証しよう。まあ、俺に勝ってスマホを奪え。そうすれば、彼女の居場所は教えてもらえるだろうよ。」
「ぶっ殺す!!」
「甘いな。神崎ひかげ。さぁ、始めようか。この素晴らしき世界を。」
神崎ひかげはエンプティに向かって突撃する。距離は5メートル。いつもなら瞬きする間に吹っ飛ばせるが、今日は体調が悪い。
エンプティはホルスターから自動拳銃を抜く。相手に対して体の中心を垂直に向けて銃を持た無い方の肩を前にし、胸の前に銃を構える。
CARシステム。それは近接格闘射撃術。射撃の精度よりスピードと拳銃を奪われないことに重点をおいたスタイルである。
エンプティは向かって来る神崎ひかげに銃弾を放つ。しかし、それは難なく避けられた。エンプティにとってそれは想定内。わざと避けさせて逃げる方向を限定していた。そこへ銃弾を浴びせる。
クソッ。神崎ひかげは内心愚痴る。いつもなら銃弾ぐらいで避けることはしない。しかし、今日は嫌な予感がして避けてしまった。案の定、銃弾は皮膚を裂き肉に食い込む。だが、この程度なら急所以外は無視して良いだろう。追撃を決める。
エンプティは神崎ひかげの追撃を紙一重でかわす。頬をかすめた拳はエンプティの頬を肉ごと剥ぎ取った。
エンプティは銃を支えていた左手を離して目を突いた。神崎ひかげは上半身を反らしてそれをかわす。つかさずエンプティは前蹴りで神崎ひかげとの距離をとった。
「素晴らしい。素晴らしいよ、神崎ひかげ。ハハハハハハ!!笑いが止まらねえ。」
神崎ひかげは己の力が弱まっていくのを感じていた。踏み込みの力が弱い。拳を握る力が弱い。身体に染み込んでいた酒が抜けていく。
「さて、本気で行かせてもらうかな。」
エンプティは軽薄な笑みを浮かべてこちらを眺める。神崎ひかげは構え直して追撃に備えた。
バン!と、大きな銃声がなる。神崎ひかげの脚をマグナムが貫いた。
「何だよ。酒がなきゃ少し丈夫な人間程度か。」
エンプティの手にはリボルバーが握られていた。いつ取り出したのかはわからない。ただ、その手に握られているのが余りにも自然で、神崎ひかげは気がつくことができなかった。
いや、それ以上に撃つ瞬間がわからなかったのが異常事態だ。殺気が感じられなかった。
「驚いたか。これが
起こりに気付くことすら許されない、最速の早撃ちガンマン。カン・ジ・エンプティは神崎ひかげを確実に追い詰めていた。
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