第1話「北のウォール街のレストラン③」

ユキは、表通りで道行く車を眺めていた。


赤別荘の話が出たことで、いいことも悪いことも、いろいろなことを思い出してしまった。

人が考えることはよくわからない。人と仲良くしている付喪神の考えていることもよくわからない。

付喪神の存在は、いつだって人の都合に振り回されている。

付喪神としての存在を維持するためには、人と仲良くすることも大事だとは思う。だけど、時に人は、簡単にユキたちを切り捨てる。


 赤別荘のときだってそうだった。

彼女は火事で消えてしまった。

それが不慮の事故だとは言え、あの時、彼女はあっという間に、簡単に消えてしまった。

そしてそれは、彼女だけじゃない。

過去には、不慮の事故だけでなく、もっと人為的な理由で消えていったヒトたちがたくさんいる。もう少しで付喪神になれそうだったのに、その寸前で取り壊されてしまった建物だって知っている。


彼らは、消える瞬間に何を思ったのだろう。

 最後まで人を信じていたのだろうか?

信じると言ったって、簡単に切り捨てられてしまうのに?

それでも、ユキたちは、人によって造られたものの付喪神である以上、人との関係を断ち切ることはできない。


「なんかジレンマだよね…」


 ため息とともに漏れた言葉は、周囲の雑踏にかき消されてしまう。


「おい」


 ぼうっとしていると突然声をかけられて、何だろうかと声の聞こえたほうへ視線だけ向ける。

そこには仏頂面で佇むサワの姿があった。


「あれ、サワ?どうしたの?」

「それはこっちのセリフだ」


 仏頂面を崩さないサワは、一定の距離のまま、真っすぐにユキを見つめてくる。

 ユキは、どうしたんだろうと考えて、すぐに思い至る。


「…あぁ、もしかして聴こえたのかな」


サワは目だけで頷く。きっと赤別荘の話が出たことで、ユキの感情が“揺れた”のだろう。それを聴きつけて、サワはここに来たということか。


「で、君は何しに来たの?励ましの言葉でもかけてみる?」


 少し待ってもサワは何も答えない。ユキがしょうがないと肩をすくめて視線を外すと、サワの動く気配がした。どうやら、ユキの隣に移動したらしい。ここにいるつもりか。

それじゃあと思って、ユキは、思っていることを口にする。 “音”が聴こえるサワを相手に、“黒い”感情を隠すことはできない。


「君はさ、人間をどう思ってるの?」


 サワは相変わらず何も答えないから、ユキの独り言のようになってしまう。


「人間は簡単に俺らを壊すでしょ?あの時だって、そうだ」


 ユキの脳裏に、今はもういないヒトの顔が浮かぶ。


「俺らはモノだけど、感情を持ってここに存在しているのにさ」


 2人の目の前を、観光客らしき集団が通り過ぎていく。

にぎやかな人々の群れが去ってしまうと、急に静かになったように感じる。


「人と馴れ合うことに、一体何の意味があるのかって思わない?」


 たくさんの人が乗った中央バスが通り過ぎてゆく。そのほとんどの人がきっと、この街に住む付喪神の存在を知っているだろう。


「…だけど、悪い人ばかりじゃないって、あんたはもう知ってんだろ?」


 サワは、急に口を開いたかと思うと、それだけ言って、ユキに背を向けてレストランへと戻ってしまった。

 ひとり取り残されたようになってしまったユキは、サワがいた場所に向けてため息をつく。


「…本当に一体、何しに来たんだよ…」


 ただ、サワが来た目的は何であろうと、サワが言っていたことは的を射ているのもわかっている。

ユキだって、人は悪い人ばかりじゃないのは知っているし、むしろ悪い人より良い人のほうが圧倒的に多いのもわかっている。


「まぁ、俺も変わるときなのかね」


 ユキは、あえて言葉にすることで、少しだけ自分に言い聞かせてみる。


「だけどなぁ…」


 長い間、人に対して抱いていた“良くない”感情は簡単には消えないだろうとも、同時に思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る