第1話「北のウォール街のレストラン②」
1時間後。
あらかた料理は食べつくされ、あとはデザートを待つのみとなった。
このころには、もともと丸いスイもテンもさらに丸くなって、ボールみたいになっていた。弾むことのできない、重いボール。
デザートを待っている間、スハラが新しく付喪神になったヒトの話を切り出す。
「堺町通りの旧戸出物産なんだけど、本人は、自分でもまだよくわかってないみたいで」
その話を聞いて、テンとスイが「我らも会ったよー」と話に加わる。
俺はこれまで、新しく付喪神になったモノに会ったことがない。スハラたちは、俺が生まれる前から付喪神として存在していたけれど、今この時代に新たに“生まれる”のは難しいのだそうだ。
「なんか寂しそうにはしてるんだけど、話しかけるとおどおどしちゃって。話すことに慣れてないみたいなんだよね」
サワさんはお前の顔が怖いんじゃねーのと鼻で笑うが、スハラはそれを無視して心配してるんだけどなと続ける。
「だから、見かけたら声かけてあげて」
でもサワは怖い顔しているから声かけないでねと、スハラは付け足すのを忘れない。
そこで俺は、ふと疑問に思う。
「歴建だからって、みんなが付喪神になってるわけじゃないんだな」
建物以外の古くて大事にされてきたものが付喪神になっているのは知っているし、たくさん会ってきた。それこそ小樽芸術村の中にもたくさんいる。
建物に関しては、市が歴史的建造物っていう指定をしたり、そうでなくても大事にされたり、修繕されたり、現にスハラたちは市の指定を受けていて、ヒトになっている。
「付喪神になってヒトの形を取るための要件は、よくわかってないんだよ」
俺の疑問には、スハラが答える。
「大事にされたり、修繕もちゃんとされて、そういうことが必要なのはわかってるんだけど、それだけじゃ多分足りなくて」
そういう建物は市内にいくつもある。だけど、早くに付喪神としてヒトの形を得ていたスハラたちのような建物もあれば、さっき話に出たような、ヒトになったばかりの建物もある。そして、まだヒトの形を得ていない建物もたくさんある。
「きっかけが何かあるんだろうけど、私たち自身も、なんでヒトになれているかわからないのよね」
それは、オルガやサワさん、ミズハも同じみたいで、みんな顔を見合わせては不思議そうな表情を浮かべている。付喪神に関して、はっきりとわかっているのは、本体が壊れてしまえば、付喪神も消えてしまうということだけだ。
「我はね、ヒトになれてよかったと思うよ!だっておいしいもんね!」
突然話に加わったボール、いや、テンが、デザートはまだかな~と楽しそうに言う。
「ヒトになってしまえば、あとは本体の損傷具合で、私たちも具合が悪くなったり、最悪の場合は消えてしまったり」
俺は、スハラの話を聞いて、そういえばと思い出したことを口にする。
「前に、歴建が火事になったことがあったよな」
10年以上前だけど、映画のロケ地として有名だった歴建が、火事で焼失し、歴建の指定が取り消されたことがあった。
あの建物は、ヒトになっていたのだろうか。
「その建物は…赤別荘かしらね」
オルガが懐かしそうに言って、サワさんがそんな奴もいたなとつぶやく。
「あれ~なんの話?」
ユキさんが、デザートを持って現れる。
「ティラミス3つと、マンゴーのレアチーズケーキ、ガトーショコラ2つ、それとシフォンケーキね。これはテンのかな」
ユキさんは、テンの前にかぼちゃのチーズケーキを置いて、デザートの説明を淀みなくしていく。そして、さっき付喪神の話をしてたかなと話に加わった。
「俺も一応付喪神だし?なんか気になるよね~」
オルガが、どうやったら付喪神になるのかという話をしていたとユキさんへ説明する。
「あぁ、それは俺も知りたいところだね」
なぜ自分が今の形を持って存在しているのか。ヒトとしての意識を持って、記憶があるのはそんなに昔のことではないのに、“意識の始まり”がいつなのか定かではない。
「存在が消えるときは一瞬なのに、不思議だよね~」
さらりと言うユキさんは、何を考えているかわからない笑みを浮かべる。
形を得たヒトたちは、自分たちが“消える”ことをどう考えているのだろうか。
「ユキは赤別荘と仲良かったよね」
ふと、スイがぽつりとこぼす。さっき話題に上がった、火事で焼失した赤別荘は、今のスイの言い方や、さっきのオルガやサワさんの様子だと、ヒトとして存在していたのだろう。
だけどユキさんは、そんなこともあったかなと、何事もなかったかのように笑顔の張り付いた表情を崩さない。
「まぁいいや。何かあったら呼んでね~」
ひらひらと手を振ると、ユキさんは行ってしまった。
ユキさんがいなくなって、みんなは目の前のデザートへ目を戻す。
テーブルに並んだデザートは、どれも美味しくて、あっという間になくなってしまった。
「もっと頼んでいい?」
テンは、スハラに確認しながら、通りかかったウエイターを呼び止めると、あれもいいなーこれもいいなーと追加で注文していく。もちろん、スイも同じように頼んでいく。一体、どれだけ食べるのか。
そんなテンの横で、サワさんがおもむろに立ち上がる。そして、すぐ戻るとだけ言って、そのまま外へ出て行ってしまった。
テンはまだ、ティラミスをいくつ頼むか悩んでいる。幸せな悩みだ。
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