第6話「囚われの君へ⑤」

「オルガ!」


 スハラの悲鳴。


 瞬間、辺りに広がる白い光。


あまりのまぶしさに目を閉じたスハラが、次に目を開けたとき、泥人形はただの泥に戻り、オルガも無事なようだった。そして、オルガに駆け寄る人影。


「大丈夫か?」


 現れた人影はサワで、腰が抜けたように座り込むオルガに、いたわるように声をかけていた。

 そのすぐ横には、我がんばったと、満足そうな顔をするテン。


 そして、もう一度、辺りが光で白く染まる。

 今度はスハラに襲い掛かろうとしていた泥人形が、泥の塊に戻っていた。

スハラの足元には、光を生み出したスイ。


「スハラ!大丈夫か?」


 息を切らしながら駆け寄ってきた尊に、スハラは少しほっとしたような顔を向けた。


「大丈夫、ありがとう」


 いやお礼はスイに、と言う尊は、まだ肩で息をしていた。一体どこから走って来たのか。でも、そもそも尊たちもサワたちも見回りに行っていたはずだ。


「どうしてここに?」

「音が聞こえたから」


 スハラの素朴な疑問にサワが答えて、それを尊が補足する。


「スイが変なにおいがするって言うからさ。それで近くまで来たら悲鳴が聞こえて…すぐそこでサワさんたちとも会って、ここに来たんだよ。それより…」


 どうしてこんなことに?と言いたかったのであろう尊の言葉は続けられなかった。

 その代わりに鐘楼を見上げたその視線を追って、みんなが鐘楼を見上げる。そこには、先ほどと変わらず冷たい無感情な目で見下ろすリクがいた。


「おい、リク、どうしたんだよ」


 サワの温度の低い声が響く。多分、オルガが襲われたから余計に怒っているのだろう。

 そんなサワに対しても特段の反応を示さないリクに、サワは舌打ちをして、スイを呼び、何かを伝える。

 頷いたスイが、ふわっと跳んで、空中でくるんと一回転すると、その身体が軽自動車くらいに大きくなる。

 そして、一度着地してから、改めて地面を蹴って跳び上がる。

 大きくなったスイは、あっという間にリクのいる鐘楼へ到達し、後ずさるリクの後ろに回り込んで、その背中をしっかりと咥えた。


「ちょっと離してよ!」


 スイは、騒ぐリクを無視して、サワたちが待つ地面へと降りる。そして、咥えていたリクを離すと、ぽんっと元の小さな犬の姿に戻った。

 天から引きずり降ろされたリクは、サワたちを睨みつける。


「リク、どういうつもりなの?どうしてこんなことをしたの?」

「そっちこそ、何なの?」


 スハラの強い口調に、リクも負けじと言い返す。

その目には、憎悪の暗い光。


「あんなもの出して、みんな大変な思いしてたのよ。自分が何したかわかってるの?」


「わかってるよ!人間なんていなくなればいい。僕らを壊そうとする人間なんて、僕が先に消してやる!」


 リクの目は、最後は尊を向いていた。人間に対する真っ直ぐな怒りが堰を切ったように溢れていく。


「セイカを消そうとする人間も、そんな人間と仲良くするお前たちも、みんな大嫌いだ!」


 リクから放たれた言葉が、無数の棘となってスハラ達に突き刺さる。

 昨日スハラたちは、セイカの憔悴した様子を目の当たりにしているから、リクの言葉が特に痛いほどに理解できてしまう。


 リクの悲鳴のような怒りを受けて、誰も何も言うことができない中、オルガがその沈黙を破った。

 サワの後ろに隠れるように立っていたオルガは、一歩前に出ると、静かにリクに声をかけた。


「だからと言って、やっていいことと悪いことがあるでしょう?」


 リクは、思っていたのと違うところから飛んできた声に少し驚いた様子を見せるが、すぐにオルガへ冷たい目を向ける。


「あなたの言いたいことは理解できるけれど…、だけどこんなことをしても、何にもならないでしょう?」


 淡々と言葉を続けるオルガを、スハラ達は黙って見守る。


「あなたがこんなことをしても、セイカは喜ばないわ」

「オルガに何がわかるの?」


リクはかみつくように言い返すが、オルガはひるまない。


「確かに全てはわからないわ。だけど、これだけはわかる。セイカは、あなたが誰かを傷つけることを望まない」


 断言するオルガに、リクの目の奥で暗い光が揺らめく。


「うるさい、うるさいうるさい!みんな嫌いだ。みんないなくなればいい!」


 リクの声に呼応するように、泥人形がゆらり、ゆらりと立ち上がる。

 あっという間に、スハラたちをぐるりと取り囲んだ泥人形は、スイとテンだけでなんとかできる数ではない。


「どどどどうしよう~スハラ~やばいよぅ」


 がたがた震えるテンは、尊のうしろに隠れてしまう。オルガを背中へ庇うようにして泥人形を睨むサワも、盛大に舌打ちをしている。


「みんな消えちゃえばいいんだ!」


 叫ぶリクの声を合図に泥人形が襲い掛かった。


 

 はずだった。


 急に動きを止めた泥人形が、ばたばたと倒れていく。

 尊は、頬に当たるものを感じて空を見上げた。


「…雨?」


 雨雲なんてないのに降り始めた暖かい雨が、倒れた泥人形を溶かしていく。

 そして、リクの目に宿っていた暗い光が、雨に洗い流されるように消えていく。



 霊雨。



泥人形を全て溶かした雨は、程なくして止んだ。


不思議な雨は、止んでしまうと、まるで降っていなかったかのように地面も身体も濡れていない。


「今の雨って…」


 尊の疑問は、スイによって解決された。

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