第6話「囚われの君へ④」

 次の日、スハラとオルガは、カトリック富岡教会のドアの前にいた。

 尊やサワも誘ったけれど、尊はスイと、サワはテンと見回りに行ってしまった。見回りは必要だけど、今日は一緒に来てくれたほうが心強かったかもしれない。

 いや、弱音は言っていられない。

 オルガが教会のドアをノックする。


「リク?いる?」


 返事はない。何度か繰り返すが、ドアをノックする音だけが辺りに響く。


「いないのかな?」


 とりあえず入ってみようかと、スハラは、教会のドアに手をかける。が、ドアは開かない。

普段、見学者を受け入れていることから、特別なことがない限り開いているはずのドアが、今日は閉まっている。ドアが開いていないことを知らせるような張り紙なんかも、特には見当たらない。


「鍵かかってるね。どうしたんだろ」


 うんともすんとも言わないドアの前で、2人はどうしようかと顔を見合わせる。


「出直したほうがいいのかな」


 オルガはそう言うけれど、スハラは何となく諦めがつかない。だから、帰る前にと、大きな声で呼びかけた。


「リクー!!いないのー?」



「スハラ、うるさいよ」


 天から降ってくる、冷たい声。2人は空を見上げて、声の主を探す。

 リクは、教会の鐘楼から2人を見下ろしていた。


「何しに来たの?」


 リクの顔は逆光でよく見えないが、声からして、冷ややかな目をしているだろうことが想像できる。


「最近、まちでも姿見ないし、心配で様子を見に来たのよ。ていうか、そこで何をやってるの?」


 オルガの問いかけにリクは何の反応も示さず、温度のない眼を宙へ向けると、手に持っていたものを風に乗せて飛ばしていく。

 スハラはたまらず、リクへ叫ぶ。


「リク、降りてきてよ!話があるの」

「僕にはない。放っておいてって言ったよね?」


 無下にするような態度。だけど、スハラも昨日セイカとした“約束”があるから、ここで引き下がるわけにはいかない。


「あなたにはなくたって、こっちには話す必要があるわ。セイカだってあなたを心配してたよ」


 リクは、セイカ、という名前に反応したようで、ふと2人を見るが、すぐに目を背ける。そして、これまでとは違うどこか怒気を含んだ声で叫ぶと同時に、何かを2人のいるところ目がけて投げた。


「スハラに、セイカの何がわかるっていうんだ?もうほっといてよ!」


 落ちてきたのは、小さな人型をした紙片。紙であるというのに、風に流されることなく2人の前に着地した紙片は、一瞬のうちに泥をまとって立ち上がる。

 それは最近、スハラたちやまちの人々を悩ませていた泥人形だった。


「なんで…!」


 オルガが絶句する。スハラだって同じ気分だ。あんなに正体のわからなかったものが、こんな簡単に目の前に現れるなんて。

 しかも、それを作り出したのは、自分たちのよく知っているヒトだなんて。


「リク、一体どういうつもり!」


 スハラが叫んでも、リクは無感情な目を2人に向けるだけで、動こうとしない。

 代わりに、泥人形が2人へ襲い掛かってくる。


「オルガ危ない!」


 スハラは、泥人形に初めて遭遇して動けなくなってしまったオルガの手を引き、自分の後ろへ隠すように移動させると、泥人形の前へ立ちはだかる。

 そして、何か振り回せそうなものはないかと辺りを見回してみるが、そんな都合のいいものは落ちていない。これでは、逃げるしかできない。


 だけど、ここから自分たちが逃げて、泥人形がまちの人を襲っては困る。かと言って、オルガは戦えない。

 だったら、今できそうなことは、オルガだけ逃がして、自分が残る…。


「オルガ、走れる?」


オルガは、スハラの意図は理解しているようなのに、首を横に振る。どうやら恐怖からうまく動けないようだ。


―――どうしよう。


 武器も何も持たないまま、誰かを守りながら戦えるのか。泥人形は、緩慢な動きだけど、着実に目の前に迫ってくる。


―――自分一人なら何とか…。


 スハラは、落ちていた石を泥人形に投げて、泥人形の気を引くと、こっちに来いと言わんばかりにオルガから離れた。

 そのあとをついていく泥人形。うまくオルガから離れたスハラと泥人形は、教会の隅へと移動する。

 これならオルガは逃げられるだろうかと、スハラはオルガを見る。同時に、その背後に迫る怪しい影に気づく。


「オルガ!後ろ!逃げて!」


 えっ?と振り向いたオルガは、背後の泥人形に気づくと、小さく悲鳴を上げて後ずさる。それはもう、逃げられそうな様子ではない。

 恐怖にひきつるオルガに、泥人形が襲い掛かる。

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