第6話「囚われの君へ①」

1週間の見回り期間が終わって、俺たちは、情報共有のために旧岩永時計店に集まった。


まず、スハラとミズハの報告から始まる。

泥人形との遭遇はあったけれど、ほかに大きな異変はなかったこと。まちの人々は不安があるようだけれど、混乱はないこと。


サワさんとテンの報告も似たようなもので、泥人形との遭遇以外に大きな混乱はないとのことだった。

それは、俺とスイも同じで、特に目立った報告はない。


「泥人形に依り代がある限り、誰か操っている人がいると思うんだけど…心当たりある?」 


 全員からの報告が終わった後、スハラがみんなに向かって言う。だけど、そんな心当たりのある人は誰もいない。

黙っていると、オルガが口を開いた。


「犯人かどうかはわからないけれど、風に乗って悲しい声が聞こえてくることはあったわ」


 悲しい声って?とミズハが聞く。


「誰かはわからないけれど、風が強い日に微かに誰かを呼ぶような、助けを求めるような声が聞こえていたように思うの。だけど、泥人形との関係はわからないわ」


 そもそも見回りから外れて、泥人形に遭ったことのないオルガには、その悲しい声と泥人形に関係があるかどうかなんて全く判断できないだろう。

だけど、オルガにだけ届いたというその声が一体誰のものなのか気になる。それは、スハラも同じだったらしい。


「その声、どっちから来たかわかる?」


 スハラに問われてオルガは束の間考える。


「この辺りって、風が建物にぶつかるでしょう?それで方向が変わってしまうから…ごめんなさい、特定はできないわ」


 申し訳なさそうにするオルガ。

 隣では、サワさんがスハラに鋭い目を向けているが、スハラは全く気にしない。


「全然謝ることじゃないわ。だけどオルガ、悪いけど、もしまたその声が聞こえてきたら、どっちから声が流れてきているか探してみてくれない?」


 どこから聞こえてくるのかもわからない声の主。だけど、唯一の手掛かりになるかもしれない。


「オルガにはその声の主を探してもらうとして、私たちは見回りを続けましょう。泥人形、予想以上に現れてるし、みんなお願いね」


 明日からも見回りは続く。気を付けてねというスハラに、みんなは頷いた。



 数日後、みんなが見回りを続ける中、スハラは、時間を見つけてカトリック富岡教会を訪れた。

 ここに来たのは1か月ぶりだろうか。

 久しぶりにきたせいか、昼の太陽に照らされてきらきらと光るステンドグラスの輝きが目に刺さるような気がする。


「リク、いる?」


 扉を開けて中に入る。しんと静まり返った聖堂は、ステンドグラス越しの光によって、さまざまに彩られていた。


「リク!いないの?」


 再び声をかけるが、返答はない。というか誰かがいる気配もない。スハラは軽くため息をついた。

 今日、ここを訪れたのは、先週会ったリクの様子がおかしかったから。これまであんなに暗い、冷たい目をしたリクは見たことがなかった。あれはきっとよほどのことがあったんだろうし、もし力になれるなら、なってあげたい。

 スハラは、教会の2階へとあがる。


「リクー、いるー?」


 教会に、リクを呼ぶスハラの声だけが響く。

 2階にもいないなら、今日は会えないか。

 スハラは諦めて帰ろうと玄関へ向かう。すると、ちょうど帰って来たリクと鉢合わせて少し驚いてしまった。


「あっ、リク、帰って来たんだ」

「…スハラ、何か用事?」


 スハラがいたことに一瞬驚いたようなリクだったが、すぐに表情を失くし、冷たい目でスハラを見返す。


「何じゃないよ、この間からそんな怖い顔して。何かあったの?」


 すっと視線を外し、そっぽを向いたリクは、スハラをすり抜けて教会の中へ入っていく。


「ちょっとリク、待ってよ」


 スハラが声をかけても、リクは振り返らない。


「これでも心配してきたんだよ。もし何か悩みがあるなら、話してみてよ。何とかできるかもしれないよ」

「…話すことなんて何もないよ。僕のことは放っておいて」


 背中を向けたままのリクの声は、これ以上何を言われても無駄だというように温度が低く、スハラを拒絶していた。

 さすがにスハラもそれを感じ取る。


「わかったよ。だけど、ミズハがあんたの様子見て心配してた。私も心配してる。だから、もし私たちに協力できるようなことがあったら言って。いつでも手を貸すから」


スハラに背中を向けたまま返事すらしないリク。

スハラは少し寂しく思いながら、教会を後にした。

 教会の扉が閉まる。リクはやっと振り向くと、スハラがいた場所を冷たい目で睨みつけた。

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