第5話「水の衣⑨」

 俺は今週に入って3度目の見回りに出た。

 相棒のスイは、あまりしゃべらず、黙々と歩いていく。

 時折、目の前を横切る虫に気を取られたり、おいしそうなにおいがするほうへ曲がろうとしたりするが、基本的には普通の犬の散歩の様子と変わらない。

 当初の目的である泥人形には3回遭遇したけれど、基本的に俺が何かをする前に、スイが全て祓ってくれた。

 そもそも俺には泥人形を祓うことはできない。

 できることと言えば、ただの見回りと、スイのおやつ持ちくらいだ。

 そうやって考えていると情けないような気もしてくる。だから、その情けなさを、スイに何かをおごることで今日も誤魔化す。


「スイ、団子でも食べてくか?」


 築港まで来た俺たちは、ちょっと休憩にと新倉屋へ寄る。

 スイは断ることなく、店に入る俺の後ろをついてくる。

 ちらっとスイを見ると、その目は期待でキラキラして見えた。


「何味がいい?」


 スイは少し悩んだ末に抹茶あんとごまを選ぶ。俺は醤油にした。

 包んでもらった団子を持って、築港臨海公園へ行く。あそこならベンチがあったはずだ。

 公園は、昼前の中途半端な時間のせいもあって人はおらず、遠くで野良猫がだらんと伸びているだけだった。

 俺たちは適当なベンチに座って、さっき買った団子の包みを開ける。


「ここのお団子、おいしいよね」


 あっという間に自分の分を食べてしまったスイが、俺の手に残る口がつけられていない団子を見つめる。

 その眼は、明らかに「ほしい」と訴えていた。


「えーと、食べるか」

「食べる」


 待ってましたと言わんばかりに団子をほおばるスイの姿に、こういうところはテンと同じなんだなと思ってしまう。

 普段、テンと並ぶとその口数の少なさからクールに見られがちだか、実際にはテンがマイペース過ぎるし、にぎやかすぎるというだけで、スイも十分にマイペースだ。

 食べ終えてあちこちべたベたになっているスイを、俺は持っていたタオルで拭いてやる。


「スイ、帰ったら水浴びだな」


 まだ少しべたべたするスイは、嫌とは言わなかった。

 来た道とは違うルートで水天宮へ戻る。

 途中、住吉神社の辺りで、見慣れた三毛柄が横切っていく。スハラの飼い猫であるレンだ。

 レンは、こっちに目もくれずに、旧寿原邸のある方向とは逆へ向かって行ってしまう。


「今のレンだよな?どこ行くんだろ」

「今日は猫集会の日じゃないかな」


 当たり前のように言うスイは、それが何かわからないという俺に説明してくれる。


「レン、ああやって週1回猫集会に行くんだよ。いつも場所は違うから、どこに行くかはわからないけど。我も行ってみたくて、テンと一緒にレンのあとつけたことあるけど、途中で見失ってわかんなかった」


 俺は、スイがレンについていく姿を想像して、思わず吹き出してしまう。猫のうしろをついていく狛犬・獅子。しかも尾行を巻かれるって。


「尊、レンのあと、ついていく?」


 ちょっと楽しそうに言うスイには悪いけど、俺は猫の集会にそこまで興味はない。


「いや、やめておこう。そろそろ帰んないと、テンが帰ってきてるんじゃないか」


 テンはサワさんとの見回りだが、終わるたびにオルガの手作りおやつをもらって帰ってくるらしい。そしてそれを2匹で分け合って、ときにはミズハも参加して楽しんでいるとのことだった。


「そっか、それじゃあ帰らなきゃ」


 スイは、スピードを上げて水天宮へ向かった。


 ※ ※


 今週の集会には、8匹の猫が集まった。

 基本的にはいつもと同じ顔ぶれで、また順番に報告を行っていく。

 一番後ろで聞いていた金眼の三毛は、今日も特におもしろいことはないかと、あくびをしながら聞いていた。2本の尻尾もやる気なく、その先だけが少し揺れる。


「レンさん、聞いてます?」


 報告をしていたサビに、レンと呼ばれた金眼の三毛は、閉じていた目を細く開けると、なんだいと悪態をつく。


「聞いてたさ。港で魚もらった話だろ」

「それはキジトラが言ってたことですよ。あたしが言ったのは、へびの話」

「あぁそれね。聞いてたさ。青いへびだろ」


 やっぱり聞いてないじゃないですかとため息をついたサビは、黒いへびですよと言い直す。


「この間、サバトラが言ってた話、覚えてますか?」


 そう言われても、レンはすぐには思い出せない。

 隣にいたサバトラが、龍宮閣の話でさ、と助け船を出してくれるが、レンはいまいちぴんとこない。

 サビは、その様子を見て改めて説明する。


「龍宮閣に何かが住み着いたって噂になってるやつですよ。港に住んでるクロの一家が、オタモイの海岸から飛んでくるヘビを見たらしいですよ」


 レンは、そうかい、と言って、またあくびをする。


「ヘビくらいいるさね。驚くことじゃないよ。それに、」


 いろんなイキモノがいたっていいだろう。

 レンは、2本の尻尾を大きく振った。

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