第5話「水の衣⑥」

 スハラとミズハ。

 建物の所在地自体とても近く、古くから親交のあった2人は、性格は真逆に見えるけど、ずっと仲が良かった。

 天然でマイペースの私を、ほどよく引っ張っていくスハラ。

 普段はかなりの確率でテン・スイとのセットとして見られるけれど、それは飼い主的立ち位置であって、友だちという見方をするなら、多分スハラが一番距離が近いと感じていた。

 だから、今回の見回りの組み合わせを聞いたとき、スハラと一緒だということで、不謹慎だけどちょっと楽しみにもしてしまった。


「スハラ、今日はどっちへ行く?」


 まずは1週間見回りをと始めて、今日で4日目。

 歩いて行ける範囲には限界があるから、あまり遠くには行っていない。

 だけど、それでも泥人形には遭遇したし、全て祓ってきた。

 遭遇時は、スハラが泥人形の気を引いているうちに、ミズハが水を繰って祓う。

 意外とコンビネーションがよく、ミズハは、スハラがここまで考えて組み合わせを考えたのだろうかと思ってしまう。


「今日は、天気も悪いし、小樽公園辺りまで行って、駅を回って戻ってこよう」


 空を見上げたスハラが、近場での見回りを提案する。

 つられてミズハも空を見上げると、確かに、分厚い雲が空を覆っていた。


「そうね、そうしましょう」


 今日の行き先の目途がついたところで、2人は水天宮の境内から坂を下って行く。

 少しして、花園銀座商店街―通称・花銀まで来ると、見知った顔が見えてくる。


「スハラとミズハじゃない。見回りご苦労様ね!」


 ミレットのおばさんは、愛想よく2人に声をかけるが、すぐに表情を変える。


「この間、あっちのカレー屋の村上さんに聞いたんだけどさ、」


 おばさんは、意味深な間をあけると、声を少しだけ潜めた。


「夜になると、商店街に人の泣き声が響くって言うのよ。すすり泣くっていうのかい。なんでも龍宮閣の怨念が人を求めてさまよってるとか」


 こわいこわいと、自分で自分の肩を抱いて、わざとらしく恐怖を表現するおばさん。

 スハラは、久々にこの話を聞いたなと、昔を思い出す。

 この手の都市伝説的な怪談は、一定の時期をおいて繰り返し人々の間に広まってきていた。前に広まったのは、10年前だったか20年前だったか。

 結局、いつも時間が経てば忘れられていくし、時には声の主は猫だったとか、カモメだったとか、いつだったかは演技の練習をしていた高校生だったなんてこともあった。


「おばさん、あまり気にしすぎたらだめですよ。ほら、前にもその話あったでしょ」


 スハラに言われて、そうだったかいと少し考えるおばさんは、程なくして、そういえば前もこの話聞いたなと思い出したようだった。


「前は、インコだったか。人間のまねをしてたのよね」


 はっはっはっと豪快に笑うおばさんは、なんだかすごく楽しそうだ。


「まぁ、2人とも気をつけてね」


 じゃあと手を振るおばさんに、スハラとミズハも手を振って応えて、歩き出す。

 真っ直ぐに進んでいくと、小樽公園へ着く。

 公園の中は今日もにぎやかで、子供たちの楽しそうな声や、鳥たちの声などいろいろな声が聞こえてくる。


「今日は何もなさそうね」


 ミズハは、ここで泥人形に遭遇したから、辺りを注意深く見回すが、今日は何ともなさそうだ。

 そのまま2人は公会堂へ向かう。

 大正天皇が皇太子時代に「御宿」とするために建てられた公会堂は、今も当時のままに堂々とした姿をのこしている。


 異変は特に見られない。


 2人はそこから地獄坂を目指し、住宅街を通り、第二大通りを越え、旧商業高校のほうに向け歩いていった。

 地獄坂は、国道から大学まで続く道で、その勾配が通学生を苦しめることから、そう名付けられたらしい。

 地獄坂に到着し、名前通りの急な坂を下っていくと、見知った後姿が見えた。あれは多分。


「リク!」


 スハラが大声で呼ぶ。

 だけど、その後姿は反応せず、歩みを止める気配がない。


「あれ?リクじゃないのかな」

「う~ん、私にもリクに見えるけど…」


 リクなら、いつもすぐ気が付いて手を振ったりするけど、そういう反応がないなら違うのかもしれない。二人は歩みを進めて、後姿に追いつこうとする。

 そして、近づけば近づくほど、やっぱりリクにしか見えない。


「リク、どうしたの?」


 やっと追いついて、スハラが声をかけると、リクは今気が付いたかのように首だけで振り返る。


「…スハラ、ミズハ…何?」

「何じゃないよ。声かけたのに、気づかないんだもん」


 スハラが言っても、リクは、そう、としか言わない。


「リク、どうしたの?何かあったの?顔色が悪いわ」

「別に何でもないよ」


 ミズハが心配しても、リクの反応は芳しくない。


「…僕、行くところあるから」


 そっけないリクは、スハラたちに一瞬冷たい目を向けるとすぐに視線をそらし、振り返ることなく行ってしまった。


「どうしたんだろ」

「ね、なんか、変だったわね」


 2人は顔を見合わせる。あんなリクは今まで見たことがない。


「…まぁでも、とりあえず、行こうか?」


 スハラが気を取り直して前を向く。2人は先に進むことにした。

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