第5話「水の衣⑤」
「尊くん!スハラ!いるかい!」
玄関から聞こえるのは、焦ったように俺たちを呼ぶ声。
何事かと2人で顔を出すと、そこには堺町通りでお店をやっている沢田さんがいた。
「あぁよかった、2人ともいたんだな。ちょっと来てくれ!」
説明もなく俺たちを引っ張っていこうとする沢田さんに、ちょっと待ってと靴を履くが、間髪入れずに腕をひかれる。
「通りに変なものが現れたんだ。店先のものを手あたり次第に壊していて、でも俺たちじゃ止められない」
走りながら、沢田さんの説明にならない説明を聞く。
だけど、何かが起きているってことがわかるだけで、全容がわからない。
いつの間にか並んで走っていたスイとテンが、先に行くね、と俺たちを追い越していく。
坂道を下って堺町通りにつくと、そこは逃げ惑う人々で混乱していた。
俺たちはその中を逆走するように、騒ぎの中心と思われる場所へ向かう。
「あれって…」
旧戸出商店の前でゆっくりと蠢めく2つの影。
それは、俺たちが昨日遭った泥人形だった。
先についたスイとテンが、泥人形に向けて唸り声をあげている。
「やっぱりまた出たんだ」
スハラの怖い声が耳に届く。
予想されていたとはいえ、こんな短期間に現れるとは。しかも、はっきりと悪意を持って人々を混乱させている。
俺たちの到着に気づいたスイとテンが、叫ぶ。
「ミズハ!これ、どうすればいい?」
「昨日と同じようにしてみて!」
「でも水がないよ!」
「大丈夫!あなたたちなら祓えるから!」
ミズハに言われて、泥人形に向き直ったスイとテンは、地面を蹴ってそれぞれ泥人形に突っ込んでいく。
気のせいか、スイとテンの身体が白く光っているように見える。
「でやっ!」
―――ばちん。
何かがはじけるような音が響いて、辺りが光で白く染まる。
しかし、それは一瞬のことで、すぐにもとの景色に戻る。
泥人形は、スイとテンの足元でただの泥と化していた。
その様子を遠巻きに見ていた人々が、あれは何だったんだと口々につぶやく。
「尊くん、あれは一体…?」
「俺にもわかんないですよ。ミズハとスイとテンだけがあれを倒せるってことしか……」
沢田さんに聞かれても、俺は答えを持っていないし、きっと今、あれが何かわかっている人は誰もいない。
スハラも、ミズハでさえもよくわかっていないんじゃないか。
「尊、行こう」
不意にスハラに呼ばれて振り返ると、スハラはすでに歩みを進めていて、その後をミズハとスイ・テンがついていっている。
俺は、沢田さんに、またなんかあったら声かけてくださいと頭を下げて、急いでそのあとを追いかけた。
スハラが向かったのは旧岩永時計店で、店の前には、サワさんが仏頂面で立っていた。
「やっぱり来たか」
「どうしてそう思うの?」
問うスハラに、サワさんは聞こえたからとだけ答えて、店のドアを開けてくれた。
「いらっしゃい」
俺たちを迎えてくれたオルガは、すでに人数分のお茶と、スイとテンにはお菓子を用意してくれていた。
だけどスハラは、席に着くことなく、立ったまま話し出す。
「オルガ、私たちに協力して」
ストレートなお願いに、オルガは微笑む。
「えぇ、もちろん。でも、とりあえず座りましょう?」
お茶が冷めてしまうわ、とオルガはにこやかに俺たちを促す。最初に席についたサワさんにつられてみんなが座ると、オルガが切り出す。
「さっき、通りで何かがあったんでしょう?」
スハラが詳細を話していく。今日のこと、そして昨日のこと。
話を聞き終えたオルガは、表情が曇っていた。
「思っていたより、深刻かもしれないわね」
「えぇ。だから、見回りだけでも手伝ってほしいの」
「私にできることなら、喜んで協力するわ」
オルガが快く引き受けてくれたことで、スハラは早速、見回りの相談を始める。
「泥人形を祓えるのは、ミズハとスイとテン。スイとテンはばらばらでも祓えることがさっきわかったから、そこは別行動にしよう」
スハラはバランスを考えてチームを分けていく。テンとオルガ、スイと俺、スハラとミズハ。
「ちょっと待て」
ずっと黙っていたサワさんが、スハラに異論を唱えた。
「オルガは行くな」
「じゃあ、あんたが行くの?」
スハラがサワさんへ鋭い目を向ける。
「あぁ、俺が行く。それでいいだろ」
有無を言わさない目のサワさんに、スハラは随分な心配性だと軽くため息をつくと、わかったと了承した。
そんな2人のやりとりに、オルガは苦笑いを浮かべている。
「じゃあ早速だけど、みんな、明日からお願いするわ。見回りの時間はそれぞれに任せるから。だけど、無理だけは絶対にしないで」
スハラに言われて、みんなが頷く。
「1週間後に、また集まりましょう。みんな気をつけて」
この時はまだ、この泥人形の事件があんなことになるなんて、俺は考えもしなかった。
※ ※
今日も様子を見に来てくれたヒト。
昨日よりもずっと暗い顔をして、余命が尽きるのを待っているのが一体どちらなのかわからないくらいに、落ち込んだ顔をしている。
「セイカ、顔色が悪いよ」
私を見て、明るかった表情に差した影。
このヒトはこんな顔もするんだなんて考えながら、私は空を見上げる。
鳥のように自由になれたらと望んだこともあったけれど、今の望みは、みんなや、私を心配してくれるこのヒトを悲しませたくないということ。
だけど、今の自分にそんな力はない。
だったらせめて、消えるその日まで、少しでも悲しませないようにできれば。
「あなたこそ酷い顔をしているわ」
私を覗き込む光を失ったかのような眼に、自身の表情のない顔が映る。私はこんな顔だっただろうか。
「無理、しないでね」
私を心配してくれる、大切なヒト。
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