第5話「水の衣④」

 得体の知れない泥人形に遭遇した次の日。

 スハラと俺が、先日拾った奇妙な紙片を持って水天宮に行こうという話をしていると、来客を知らせるインターホンが鳴った。

 玄関には、ちょっと困ったような顔をしたミズハとスイ・テン。


「スハラ、尊、今いいかしら?」


 俺がミズハと2匹を迎え入れると、突然の来訪にちょっとびっくりしたような顔をしたスハラが、一拍の間をおいてお茶を入れ始める。

 みんなが座って落ち着いたところで、ミズハは眉をひそめて話し出した。


「昨日のことなんだけどね、」


 ミズハは視線を一瞬だけ2匹へ落とす。

 すると、ミズハは心配そうに見上げる2匹と目が合ったようで、一度深呼吸して、改めて話し出す。


「昨日、見回りで小樽公園へ行ったの。そしたら奇妙なものに遭っちゃって」


 そう言いながら、ミズハがポケットから取り出したハンカチを開くと、そこには昨日俺とスハラが見つけたものと同じに見える人型をした紙片が包まれていた。


「多分これが依り代みたくなって、泥をまとって動く人形になったんだと思うの。意思は感じられなかったけれど、襲ってくるような感じはあったわ」


 視線を紙片へと落としたミズハは、軽くため息をつく。


「あまり考えたくないけれど、誰かがやったことだと思うの。こんなものが勝手に動いたりはしないだろうし」


 悩ましい表情を浮かべるミズハ。その足元の2匹は、落ち着きなく尻尾を振っている。


「スハラはどう思う?これ、ほっといたらだめなやつだよね」


 俺は今まで、ミズハが誰かや何かを悪く言うのを聞いたことがない。

 どんな場面でもヒトや人を信じているように見えていた。そんなミズハが、疑いを持たざるを得ないような事象。

 紙片を見たまま黙って何かを考え込んでいるスハラに、ミズハは言葉を重ねていく。


「また誰かを襲いだしたらどうしよう。まちの人も危ないのかな」


 不安を隠さないミズハに、スハラがやっと口を開く。


「…これの意図はわからない。だけど、私たちで何とかできるならしなきゃ」


 決して明るくはないけれど、強い意志を宿すスハラの声。


「ミズハ、協力してくれる?」


 うん、と頷くミズハを見て、やっと口元を少し緩めたスハラは、昨日、俺たちに起きたことを説明していく。


「実は、私たちも昨日、その泥人形に遭ったの」


 スハラが取り出した紙片を見て、ミズハは目を丸くする。


「これ…!」

「そう、ミズハが持ってきたものと同じだと思う」


 違う点は、それらが破れている部分くらいだろうか。

 スハラが出したものは、胴の部分でやぶれており、ミズハが持ってきたものは全体的にぼろぼろになっていた。


「昨日、私たちは手宮方面へ行ったの。これは総合博物館の裏辺りで遭ったわ。なかなか倒れないからどうしようかと思っちゃった」


 スハラは昨日を思い出したのか、苦い顔をしている。

 俺は、空ろに見えた泥人形の目を思い出し、背筋が寒くなる。


「これで2体。考えたくないけれど、まだ出てくると思っておいたほうがいいと思う」


 スハラもミズハも、そして俺も難しい顔をしていたのだろう。

 スイとテンが不安そうに見上げている。


「ところでミズハ、これどうやって倒したの?私、何回切っても復活したのに」


 振り回したのは傘だったけどと付け足すスハラに、ミズハは今日初めて、ふふっと微笑む。


「スイとテンと、水でね」


 あぁそうか。そういえばミズハは水を操れたっけ。それで祓ったというミズハは、スハラも倒せたんでしょう?と問う。


「私は…なんで倒せたかわかんないんだよね。本当に何回斬ったかわからないし、なんで急に復活しなくなったのか…」

「その紙、破けたからじゃない?」


 急に足元で喋り出したテンは、ぴょんぴょん跳ねながらテーブルの上を覗き込む。


「だってさ、依り代ってそういうものでしょ?」

「そうなのか?」


 そういうことにあまり詳しくない俺の問いに答えたのは、ミズハだった。


「確かにそうかもしれない。媒体となる本体が壊されれば、具現化して形を得ていたものも消えてなくなるのはよくあることよ」


 よく気付いたわね、とミズハがほめると、テンはうれしそうにちぎれるんじゃないかというくらいに尻尾をぶんぶんと振る。だけどすぐさま、ミズハは声のトーンを落とす。


「でもその場合、泥人形の内部にある媒体を的確に壊さなきゃならないから、結構大変かもしれないわね」

「ミズハは水を使えば、泥人形の本体全部を吹っ飛ばせそうだから大丈夫じゃない?」

「あ、そっか」


 スハラに言われて自分の能力を思い出したのか、ミズハは表情を明るくする。


「でもそれなら、私には難しいかな」


 確かにスハラは、そういう力は使えない。もちろん、人間の俺にもそういう力があるわけがない。


「スイとテンはどうなんだ?」


 俺は2匹を見るが、当の2匹はお互いを見合わせて首をひねっている。だから答えたのはミズハだった。


「この子たちならできると思うわ。泥人形自体はそんなに力の強いものじゃなさそうだし、スイとテン単独でも十分対応できると思う」


 ミズハにそう言われた2匹は、ミズハが言うならと胸を張る。


「対応できるなら、見回りも考えなおさなきゃ…」


 スハラが言い終わる前に、インターホンが来客を告げる。そして、それと同時に玄関ドアが勢いよく開けられる音が響いた。

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