第5話「水の衣②」

「なんだ!あれ!」


 ミズハが声のほうを見ると、そこには数人の子供たちの姿があった。

 どうやら、ほかの場所で遊んでいた子供たちが、見晴台に上がってきてしまったようだ。

 泥人形は、空ろな視線をミズハたちから外すと、ぐるんと後ろを向く。

 どうやら子供たちへ照準を合わせてしまったようだ。

 泥人形の暗い視線に絡められて、子供たちは改めて悲鳴を上げる。


「早く逃げて!」


 ミズハは声をあげるが、その声では恐怖に立ちすくむ子供たちを動かすことはできそうにない。

 それなら。

 ミズハは意を決して、スイとテンに声をかける。


「スイ、テン、水の衣をつくるから、あれを倒してきて」


 ミズハは水天宮の付喪神であるため、水天宮の祭神に関連して水を様々に操ることができる力がある。

 普段、その力を発揮する場面は全くないが、実は邪気を祓ったり、悪いものから身を守るように水を扱うことが得意だった。

 ついでに、スイとテンも獅子・狛犬の付喪神なだけあって、普段はただの食いしんぼうだが、邪気などには取り込まれない強さをもっている。


「やだよぅ、我こわいよぅ」

「私がついてるから大丈夫よ」


 泣き言を漏らすテンに、ミズハは容赦なく水をまとわせる。

 程なくして水をまとったスイとテンは、覚悟を決めて、子供たちを守るように、泥人形へ駆けていく。


「うぅ、正面から見るとやっぱり怖い」

「ミズハがついてるから大丈夫」


 怖気づくテンに、スイが自身も声を震わせながら励ます。

 2匹の恐怖が伝わってか、後ろにいる子供たちが息を飲むのがわかる。


「せーの、で行くよ」

「うぅぅ、わかったよぅ」

「せーのっ」


 2匹は声を合わせると、泥人形目がけて飛び込んだ。


———ばちん!


 何かが大きくはじけるような音が響いて、辺りが光で一瞬白く染まる。

 その一瞬で泥人形は消えて、さっきまで蠢いていたものはただの泥となって落ちていた。


「…消えた?」


 子供たちの一人がつぶやく。

 その声に、他の子供たちも恐怖から解放されたのか、消えたと騒ぎながら、勢いよく走って去っていく。

 残されたスイとテンは、駆け寄って来たミズハの大丈夫?という声に我に返ると、口々に怖かったと騒ぎ鳴く。

 ミズハは2匹をなだめながら、泥人形だったものへ視線を向ける。

 ふと、その中にひらめくものを見つけた。


「何かしら」


 2匹と近寄ってみると、それは破れかけていたが、人の形をした小さな紙片だった。


「そうだ、これがさっきのになったの!」


 テンが言うには、さっき追いかけていたのはこの紙片だったらしい。そして、それが地面に落ちたかと思うと、急に泥をまとって動き出したとか。


「我、びっくりしたよ!」


 その時を思い出して、テンは少し大げさに身震いする。


「なんだろ、それ」


 つられて身震いしたスイは、紙片に鼻を近づける。

 ふんふんと匂いを確認していると、横からミズハが紙片をつまみ上げた。


「ミズハ、それどうするの?」


 まだ少し恐々と見ているテンの鼻先へ紙片を差し出す。


「持って帰って、スハラにも見せるわ。このまま放っておいてまた悪さをしたら困るしね」


 ミズハは、紙片をハンカチに挟むと、落とさないようにポケットへしまい込んだ。

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