第37話 王妃さまメイドカフェに行かれる

 スターバックスで自分の胸を大っぴらに出してしまっている絵画を見ていた王妃さまは、話題を変えようとしたのか、おれに向き直って話し掛けて来た。


「ユイトさん、何処か面白い所に連れて行って頂けますか?」

「面白い所?」

「はい」


 おれは思わず隣の結菜さんを見た。


「面白い所ねえ」


 結菜さんは他人事のような感じで軽く受け答え。

 まだ絵画を見ている。


「うらやましいわ」

「はっ?」


 結菜さんが見つめるのは王妃さまの胸元のようだ。女性同士でも気になるのだろうか……。


「結菜さん!」

「…………」

「王妃さまに何処か面白い所を紹介してあげようよ」

「そうね何処がいいだろう」


 やっと絵画から目を離した彼女は、おれと王妃さまの話に乗って来た。

 ここでおれはふと思いついたアイディアを言ってみた。


「秋葉のメイドカフェなんかどう?」

「えっ、ユイトさん、そんなところに行った事があるの?」

「あっ、いや、だた話題になっているから、今ふと思いついたんだよ」

「…………」


 結菜さんが疑い深い目でおれを見ている。


「本当だってべば」


 思わず舌がもつれた。





 結局おれと王妃さまは秋葉原のメイドカフェに行く事となった。

 その日結菜さんは臨時の仕事が入り、どうしても行けなかったのだ。

 おれは王妃さまと二人して新幹線に乗る。


「王妃さま、そのチケットをここに差し込んで下さい」

「…………」


 新幹線の改札口に来ている。ずっと以前に戦国時代から現代にタイムスリップした佐助の時もこうだった。


「扉が開きますから、すぐ通って下さいね」

「…………」

「あちゃ、やっぱりだ」


 ゆっくり歩き過ぎて、また扉が閉まってしまう。


「えっと、お願いします」


 近くで見ていた駅員さんに来てもらう。




 今度はエスカレーターだった。


「足を上げて乗って下さい」

「…………」

「一緒に乗りましょう」


 何とか乗った。

 王妃さまは自動で上がって行く階段に目を白黒させている。

 だが、今度は降りる番だ。


「気を付けて。足を上げて。転びますからね」

「―――!」

「うわ、危ない!」


 王妃さまをかろうじて抱き留める。もろ転びそうになった。

 この日王妃さまの服装は、結菜さんから借りた黒の半袖トップスにアイボリーホワイトのプリーツスカートで金色のベルトをしている。靴はかかと低めのパンプス。スニーカーにしようとも考えたが、今日は都心に行くのだからとちょっぴりお洒落に決めたのだった。もちろんネックレスとかブレスレットも付けている。以前王妃さまから頂いたものだ。

 ちょっぴりとだけお洒落をしたとは言っても、そこはロングヘヤ―をなびかせる優雅な王妃さまなのだ、通り過ぎる人の殆どが振り返って見ている。

 駅構内で入った既に馴染みのスターバックスでも、王妃さまは注目の的となった。


 東京駅で山手線に乗り換える時は、あまりの人混みに王妃さまは息を詰まらせていた。そしてやっと秋葉原駅に着いた。改札口を出るとすぐネットで調べてあったメイドカフェに向かう。


「王妃さま、これから行くところは魔法のツインテールというお店です」

「魔法――」

「そうです、魔法で人の姿になっている女の子が給仕をしてくれるお店です」

「魔法なんて……」


 そうです、魔法ですよ。おれは次第にわくわくしてきた。

 これは面白くなりそうだ。




 そこは小さな雑居ビルで四階がそうらしい。

 おれは建物の中に歩いていき、


「王妃さまここに入ります」

「――――!」


 王妃さまがおれの腕をつかんだ。


「大丈夫です。これはエレベーターと言って、これから四階の店まで私達を運んでくれる箱なんです。


 だが、エレベーターは狭く、動き出すと王妃さまはおれの腕をさらに強くつかんで来た。


「ユイト……」


 いつの間にかユイトさんからユイトになっている。

 おれはことさらににこにこと、


「すぐ着きますからね」

「…………」


 四階に到着すると、すぐ前に明るいピンクの看板が目に入る。

 おれは迷わずドアを開け中に入った。


「おかえりなさいませご主人様!」


 ピンクのドレスを着た女の子達が、超明るく出迎えてくれた。

 これが噂のメイドカフェなのか。もちろんおれも結菜さんに嘘は言ってない。正真正銘初めてなのだ。

 室内は壁も何も全てピンクずくめで、やはりピンクの椅子に案内された。


「お姫様もお帰りなさいませ」


 ひざまずいて挨拶する女の子に、王妃さまは言葉に詰まっているご様子。

 ここでおれはちょっとした悪戯心が出た。


「王妃さま、この子たち皆、実は魔法を掛けられて人間の姿に変えられているんです」

「えっ!」


 王妃さまが絶句する。

 だが、おれが発した王妃さまという言葉に、今度は女の子が絶句。


「えっ、お嬢様は王妃さまなのですか?」

「はい、そうです」

「あっ、あの、どちらの王妃さまでいらっしゃるんでしょうか?」

「オーストリア公国です」

「…………」


 しばらくの沈黙が続いた。

 そして気を取り直した女の子が言って来た。


「あの、ここに居る女の子は、魔法の国から人間の姿に変えられて来ているんです。ですから最初にご注意なんですが、私達は触られると魔法が解けて人ではいられなくなってしまいます」


 さらになんとか一通りの決められているらしい案内を言おうとしていたが、ついにその子は我慢できずに聞いて来た。


「それから、えっと、あの、本当に王妃さまなのですか?」



「本当ですよ」

「…………!」

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